サルデーニャ!13サン・ヴェーロ・ミリス、籠編みマリア・ライモンダ・ピンナ
旅の前に、さまざまな工房をリストアップしたが、訪問のアポイントのようなものは基本的にとっていない。気分と状況次第、訪ねていってだめだったら次、という緩さが旅には必要だから。しかし、これはと思うところには事前に連絡をとってみた。訪ねていって閉まっていました、では後悔しそうだな、と思ったところに限っている。その一つがこれから訪ねようという籠編みの女性だ。電話をしたとき、彼女は「いつでもいいですよ。ただ、その時にお見せするものがたくさんあるかどうかはわからないけれど」と言っていた。訪問の大体の予定日を伝え、前々日くらいにまた電話をしますと約束して電話を切った。 そして、前々日ではなく、前日に電話をしてみると、娘だという人が「ちょっと目の手術をしましてね、体調が今ひとつなんですが、でもまぁ、いらしてください」と言う。籠を編む人が目を病んでいる。編めるんだろうか...。その女性、マリア・ライモンダ・ピンナは、サン・ヴェーロ・ミリスというオリスターノより10キロほど北の町に住んでいる。山間のサントゥ・ルッスルジウから20キロしか離れていないのに、その界隈は平らな湿地帯だ。特にこれといった見所のなさそうな、やや寂れた町である。教えられた住所は2階建て程度の高さのちょっと古びた石造りの一般住宅だった。まず出迎えてくれたのはふくよかな中年の女性、そしてその後ろにかわいらしい小さなおばあさん。二人は外国人の我々に少々戸惑っていたが、こちらが挨拶をするとほっとしたような表情でしゃべりだした。それも一気に、という感じで。 「母が、誰かが来ると言っていたので、誰が何の用でくるのかと思ってたんですよ」と中年の女性が言う。とすると、傍らの小さなおばあさんがマリアだ。マリアの話していることはあまりよくわからない。訛っているというより、なんだか少し動揺しているのか、言葉がスムーズに出て来ないのである。ではまず、籠を見せていただきたいんですけれど、と持ちかけてみる。どうぞどうぞ、と玄関から入ってすぐ右手の部屋へ通された。一つしかない窓のそばにベンチが、反対の壁際ぴったりにテーブルが一つ、その上にいくつかの籠が置いてある。片隅には陶器がいくつか乱雑に積まれている。それ以外は何もない。 「ここで作業するんですよ」と娘。「お見せしましょうか、ねぇお母さん」と声をかけられたマリア、うんうんとうなづきながら、どこからか小さな腰掛けと材料とおぼしき細長い紐状のものを一抱え持ってきた。マリアはその真ん中の空いたところにちょこんと腰掛け、いきなりものすごいスピードで編み始めた。こちらは慌ててカメラの準備をする。その間、マリアはずっとしゃべっている。完全に向こうのペースである。「いろんなのがあるのよ。フシェッラ、カネストロ、クリヴェッロ、コルブラ...」どれも、辞書で引くと籠とか小枝とかを意味する。クリヴェッロだけはふるいを指す。「材料はね、ツィンニガ、セッセニ、ロヴォ...」なんのことかさっぱりわからない。わからないので、質問する。どうやら、ツィンニガは湖沼に生える草、セッセニは葦の一種、ロヴォは桑のようなものらしい。セッセニは細く平たく切り出してあるが、それをさらに細く裂いて好みの幅に整えて芯にし、ツィンニガを編み込んでいく。道具は片端が輪になっている長さ10cmくらいの針とごく小さなナイフのみ。 「作業の2〜3時間前には材料を水につけて柔らかくしておくのよ。最近はツィンニガが少なくなってね、代わりに麦わらを使うことが多くなったわ」。話している間はこっちを見ている。が、同時に手も動いている。「子供の頃からやってるから、話しながら、テレビ見ながらでもできるわ。この子が(と娘を指差して)赤ん坊だった頃はゆりかごに寝かせて、足でそれを揺らしながら編んだものよ」。男性の職人は黙々と作業するが、女性は複数でおしゃべりしながら手を動かす。手遊びというと語弊があるが、仕事と趣味の中間のようなとこころにあるように思う。さらに、家事というメインの仕事に対して、編み仕事はサブ、10%くらいの力でこなせるものでなければならない。「結婚式だとかで大量に欲しいと言われると、もう凄まじい勢いで作るの。で、ようやく仕上げてやれやれと思っても、気がつけばまた編み始めてるのよ」。あっぱれ、マリアおばあさん。御歳80歳である。目が悪いと言っていたが、なかなかどうしてしっかりしている。 そろそろ失礼します、と立ち上がると、「ちょっと、ヴェルナッチャ飲んでいきなさいよ、うちの自家製よ」と言って引っ込み、すぐにお盆を掲げて現れた。立ったまま、ありがたくいただく。するりと喉を流れる、実にピュアなヴェルナッチャだ。オリスターノ近郊で造られるシェリー香の辛口白ワイン。また飲ませてくださいね、と言って辞したが、なんだか後ろ髪を引かれる。ヴェルナッチャもそうだけれど、マリアおばあさんにまた会える日がくるだろうか。SAPORITAをもっと見る
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