サルデーニャ!20カリアリの工芸と食材、サポーリ・ディ・サルデーニャ
サルデーニャの味、という名のここは、パーネ・カラサウ、フレグラ、ミルト酒にペコリーノチーズといったサルデーニャ名物を扱う店である。ところ狭しと並んだ商品をじっくり検分していると、「カラスミ、いかがですか」とカラスミの部分だけ日本語で勧めてくる人があった。振り返ると、30代後半くらいの男性がにこにこして立っている。彼のそばにはカゴに盛られた真空パックのカラスミとその上にひらがなで「からすみ」と書いた札が乗っている。土産物店ではお客さんに書いてもらったと思しきこのような札をよく見かける。別に日本語が書いてなくても見ればわかるようなものを、とかつては思っていたけれど、こういう札をきっかけに話がはずむという効果も彼らイタリア人は期待しているんじゃないかと思うようになった。実際、このロベルトとはそれから何度かカリアリに来るたびに話をするようになり、サルデーニャの工芸品について知りたいと言うと、うってつけの人を紹介するよと言われた。 「僕の兄が、サルデーニャの伝統をもっと広めようとあるプロジェクトを立ち上げたんだ。港の先を行ったところにイベントスペースを作ってる。ほぼ完成しているから、一度見に行って」と言う。では、何か工芸品を作っているところを見たいと言うと、わかった、兄に話しておくから、ということで、そこを訪ねてみることにした。教えられたクリストフォ・コロンボ通りはローマ通りから東へ港沿いに歩いて10分ほどである。その通りの一番ローマ通り寄りに、見覚えある書体の「サポーリ・ディ・サルデーニャ」の看板が掲げられていた。ガラス戸を押し開けたそこでは、年配の女性と若い女性の二人が籠を編んでいた。我々を見つけたにこにこ顔のおじさんが近寄ってきて、「ロベルトから聞いていますよ。私が兄のジョルジョです」と言う。「工芸品の作業現場が見たいと聞いたので、カリアリ郊外からこちらの母娘に来てもらったんです」。 床には色とりどりの籠がたくさん並び、ジョヴァンナと娘のアウズィリアが黙々と編んでいる。底面に色鮮やかな刺繍入りの布を張った装飾性の高い籠だ。先のロベルトの店にも同様の籠を売っていて、値段は忘れてしまったが、結構高いものだなと思った。そばでじっくり見るとなるほど、これだけ美しい布と手の込んだ仕事であれば値が張るのもいたしかたない、と思う。それはさておき、こうして母から娘へと伝統が受け継がれているというのがいい。サン・ヴェーロ・ミリスのマリア・ライモンダおばあちゃんの娘も(かなり年はとっていたが)籠を編むと言っていたし、籠文化は今後も生き残りそうである。 しかし、一方では儀式のパンのように廃れかけているものもある。その話をするとジョルジョは、「そうなんです。サルデーニャの伝統は失われつつある。それというのも、田舎の人は伝統の中に身を置きながらその伝統がいかに大切かを知らず、都会の人は伝統に触れることなく生きている。これでは廃れるばかりです。だから、私は田舎に息づく伝統と都市に暮らす人々が出会う場所を作ろうと思ったのです」。籠編みなど工芸の実演や、チーズその他食材の生産者を講師に迎えたセミナー、ワインの試飲会といったさまざまなイベントを通して、サルデーニャ人がサルデーニャの伝統を再認識する機会を提供しようというのだ。 「サルデーニャにはパストラリズモがベースにあります。羊飼い精神とはつまり、自立心が強く、孤高で、周囲に流されることのない強さを持つことです。村に生まれ村で死ぬ一生が普通であった過去にはパストラリズモが充分機能し、それだからこそ伝統も守り継がれていたのですが、今は情報が暮らしを侵食し、若い人は仕事を求めて村を出、島を離れていく時代です。古いものはどんどん忘れ去られ、技術は失われてしまうのです。それを少しでも食い止めたいんです」。サポーリ・ディ・サルデーニャ、サルデーニャの味とは、文字通り食べ物を指すと同時に、サルデーニャという島そのものの味わいをも意味する。ジョルジョの試みがどうか結実してほしい、と島を巡り、職人の手仕事を見てきた我々は心から願う。

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