サルデーニャ!5リストランテ・サンタ・ルーゲ@ガヴォイ
道は山越えの様相を見せ、いくつかの集落を抜けながら、やがてガヴォイという町に着いた。バルバージア・オッロライ地方の少しは大きな集落である。旧市街の道は細く、傾斜が結構厳しい。ちょうど昼時だったからか、通りにはすれ違う人もほとんどない。密やかといってもいいくらい、静かな旧市街だ。我々も昼食をとることにし、ワインリストが充実しているというリストランテ「サンタ・ルーゲ」に入る。石造りのわりと広い店だ。至るところにワインボトルが並んでいる。季節はずれの平日の昼、13時過ぎの時点でお客は我々だけ。後で中年のイタリア人カップルが入ってきたが、結局この二組だけであった。 窓辺の席に陣取り、メニュを眺める。ふと目を上げると厨房にはピッツァの窯が見える。田舎のレストランではピッツァはある意味不可欠である。寄り合いや友達同士でのちょっとした集まりにピッツァ、軽く食べたい時もピッツァ、日曜の夜はピッツァ、といった具合にイタリア人の外食生活にピッツァは欠かせない上、田舎では外食客を取り込むのは都会よりも難しいから、ピッツァでお客を“釣る”のだ。我々はピッツァは頼まない。せっかくだから土地のものが食べたい。聞けばこの辺りではフィオーレ・サルドというペコリーノ(羊乳チーズ)が名物だという。島の人口の2倍以上の羊がいる島で、「うちはペコリーノチーズが名物です」と言われても、そうでしょうねとしか言いようがないが、土地によって味が変わることも確かだから、チーズは試すことにする。 チーズやサラミ、生ハムの冷たい前菜と、トリッパや仔牛の胸腺肉の煮込みなど温かい前菜。仔牛の串焼き。豚のグリル。見事に山のものばかりと思われるだろうが、これはあえて選んだもので、実はメニュには魚介も多い。山だからこそ地元民は海のものを外食で求めるのだろうか。木をくりぬいた板皿にチーズとサラミ類が盛られて出てきた。サルデーニャではこの木の板皿がよく使われる。長方形で持ち手が片側についていて大小さまざま、仕切りがあるものないもの、片隅に塩を入れるくぼみがついているもの、それにどんな用途なのかはわからないが、皿面の持ち手に近いところに四角いでっぱりが作られているものもある。この板皿に直に、あるいは極薄のパン、パーネ・カラサウを敷いた上にチーズやサラミや仔豚のローストといった料理を盛りつけるのだ。 パーネ・カラサウは本来、羊飼いの携行主食である。別名カルタ・ダ・ムジカ(楽譜)と呼ばれるように紙のように薄く、ぱりぱりのパンだ。保存が利き湿気っても焙れば元のぱりぱりに戻る。あるいは、汁気のある料理を上に盛りつけてふやかして一緒に食べることもする。パーネ・フラッタウという料理は、パーネ・カラサウを塩水にさっとくぐらせた上にトマトソースを塗り、すりおろしたペコリーノチーズをたっぷりかけ、ポーチドエックをのせたもので、バルバージア地方の名物。しんなりとしたパーネ・カラサウもまた違った味で楽しめるが、ワインのつまみにはぱりっとしているほうが合うような気がする。特に、つぶしたにんにくをこすりつけたボウルにオリーブオイル、塩、胡椒を混ぜ、それをパーネ・カラサウに塗ってオーブンでさっと焙ったパーネ・グッティアウは、ワインに一番よく合うつまみだと思う。 さて、ワインリストが充実しているわけだから、ワインを吟味しなければ勿体ない。本土ではなかなかお目にかかれないサルデーニャの、しかも稀少なワインの名前を見つけ、カメリエーラの若い女性にその旨を伝えると、「あら、フィレンツェにお住まいなら、確か扱っているエノテカ(酒屋)があるはずよ」という。調べてくるからちょっと待ってて、と奥に消えていった。しばらくして戻ってきた彼女は「エノテカ・ピンキオーリというお店だそうです!」と元気よく教えてくれた。そう、確かにあそこにはあるかもしれない。ミシュラン三つ星のイタリア有数の高級レストランだから。でも、エノテカとはいっても、“酒屋”ではないので売ってはくれない...。 なかなか楽しい時間を過ごし、(チーズももちろん美味しかった。特に、ミルト酒で風味づけたペコリーノをノーマルペコリーノで挟んだものは、白と紫の組み合わせがあんこをスポンジで挟んだ菓子シベリアのようで見た目にも綺麗だった)、「サンタ・ルーゲ」を後にして、一応、旧市街の中心にある16世紀の教会サン・ガヴィーノにお参りしておこうと立ち寄るが、ちょうどお葬式の直前で教会の扉はまだ閉じられていた。諦めて停めておいた車まで戻ってみるとなにやら人だかりが。近づいてみると車を取り囲んでいたのではなく、車を停めた家の門のあたりに佇んでいるようである。不思議なことに誰も口をきかない。常々、サルデーニャの人は本土のイタリア人に比べるともの静かだと思うが、これだけの人数が集まっていて押し黙っているということは...そう、お葬式はこの家のものだったのだ。誰に文句を言われたわけではないが(駐車禁止区域でもなかったし)、なんとなくばつが悪いので早々に出発した。SAPORITAをもっと見る
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