サルデーニャ！21カリアリの金細工、オーロ・サルデーニャ

サント・エフィジオの祭りを見た時、女性達の衣装の美しさ、特に装飾品の素晴らしさに目を奪われた。たくさんの金色のブローチが胸元に輝き、頭に被ったスカーフも金の鎖で留め、袖口には鈴のような形の飾りボタンが下がっていた。普通、そんなに付けたらけばけばしいだろうに、彼女達の装いは不思議としっくり馴染んでいた。逆にブローチ一つでは寂しく、それでは祭りにふさわしくないし、聖人様にも申し訳ない。祝祭には華やかさが不可欠なのである。それにしても、あれだけ大量に身に付けてもおかしくないのは、やはりそのジュエリーそのものに秘密があるのではないだろうか。よく見ると、一つ一つは非常に軽そうである。イミテーションという意味ではなく、重さそのものを感じさせないのである。白いブラウスに金の模様を散らせた、あたかもそこに最初から縫い付けられたかのような一体感を見せるジュエリーとは一体なんなのだろう。 サルデーニャの金細工はフィリグラナをベースとしている。フィリグラナとは、フィロ（糸）とグラナ（粒）を合わせた言葉で、よじった、あるいはぎざぎざの刻みをつけた金の糸を用いた金細工のことである。伝説によれば、ヌラーゲ時代、ドムス・デ・ヤナス（魔女の家）で、魔女が金の糸を紡いで布を織ったことに始まる技法だそうだが、現在明らかにされている史実では、１５世紀頃にアラブからスペインに伝わったものが、スペイン・アラゴン支配時代にサルデーニャにもたらされて発達したのだという。当初は教会の聖具や香水を入れる箱を装飾するものとしてフィリグラナが用いられた。その手法は「ア・ノッテ」（夜の）と呼ばれる、箱や台にフィリグラナを接着させるという比較的プリミティブなものであった。それが１６００年代に入り、宗教改革そして反宗教改革という流れのなかでカトリックの威力が揺れ動く時代になると、貴族の女性向けの装飾品としての需要が高まり、より軽く、より繊細なスタイルが好まれるようになった。「ア・ジョルノ」（昼の）と呼ばれる、台を用いずにフィリグラナだけでカメオや宝石を支える手法が主流となる。さらに、１７００〜１８００年にかけて、貴族の女性だけでなく一般庶民の女性にも、さらには男性向けのジュエリーも広まっていったのである。面白いことに、籠やナイフ同様、サルデーニャの全土どこでもフィリグラナのジュエリーは作られてきた。カリアリ、サッサリといった大都市はもちろんのこと、内陸の小さな村にも金細工工房が少なからずある。偏在性が見られない工芸なのだ。そのお陰で、サント・エフィジオの祭りでは、各地の女性達が競うようにジュエリーを身につけているところが楽しめるわけである。 カリアリの目抜き通りの一つ、ヴィットリオ・エマヌエーレ通りにある「オーロ・サルデーニャ」は職人ジュゼッペ・リッリウが一人こつこつとフィリグラナを手がけている。自前の眼鏡（おそらく老眼鏡）の上からさらに拡大鏡をかけ、太さ０．１９ミリの金の糸４本を撚って一本のフィリグラナにし、ブローチやペンダントヘッドを作る。色は絶対にオーロ・ジャッロ（イエローゴールド）、ホワイトやピンクがかった金色はサルデーニャの伝統にはないのだという。フォルムは花を象ったものか、お椀をひっくり返したような形が圧倒的に多い。このお椀型のものは「コルブラ」と呼ばれる。イタリア語でいうコルベッロ（丸い籠）のことである。コルブラは指輪やイヤリング、ペンダントヘッドなどに幅広く用いられる、サルデーニャ・フィリグラナの代表的なモチーフだ。一方、花は大きく二種類あり、一つはカンピダーノ地方（南西部）でよく用いられる「ジラソーレ」（ひまわり）、もう一つは島の中央東ドルガリ近辺の「フィオレ・ディ・ドルガリ」と呼ばれる、実際には存在しないファンタジーの花。どちらもサント・エフィジオの祭りでよく見掛けるモチーフである。そのほか、伝統的なものとしてははハート型、ロザリオなどのペンダントヘッドがあるが、忘れてはならないのが結婚指輪だ。フィリグラナを平行に並べただけのシンプルなデザインや、花模様のような曲線を描いたものなど、いろいろなパターンがある。しかし、ジュゼッペによるとこうしたクラシックなものは近頃人気がないのだという。専ら旅行者がお土産に買い求めるのだそうだ。１００ユーロ前後で買えるというのもその理由だろう。 「最近は機械が発達して、安く大量に作れるようになった。若い人は伝統的なものに興味がないし、旅行者は安いものを欲しがる。私のような職人にとってはなかなか厳しい時代ですよ」とジュゼッペは嘆く。現代の嗜好に合わせようとモダンなデザインを取り入れるジュエラーも増えているが、彼のような頑固一徹な職人にはそれすらも躊躇われるらしい。モダンにしたところで伝統を守っているとはいえないのではないか、と。