イタリア・サルーミ図鑑1 Prosciutto, Culatello

イタリア半島縦断、サルーミの旅へ

手元に世界地図があれば見て欲しいのだが、長靴型をしたイタリアという国は南北に長く北はアルプス、南は地中海に面している。ゆえに四季が豊かで、地方ごとに異なる気候がさまざまな食材を生み出して来た。さらにローマ帝国崩壊以降1861年にイタリアが再統一されるまで1400年以上に渡り、イタリアは都市国家の時代を経て小国分裂、列強による支配が繰り返されて来た。同じ言語を話しながらも政治上は外国、そうした複雑な時代背景が個性的な食材や料理を生み出して来たのだ。そうしたイタリアの複雑性を代表しているのが町ごとに異なると言われるパスタ、チーズ、そしてサルーミだ。 サルーミとは一般的に塩漬にして保存用に加工した肉類を指す。大別するならばプロシュット・クルードに代表される肉を成形、塩漬した「ペッツォ・インテーロ=一体型」と、サラーメやモルタデッラのように挽肉を調味して豚の腸などに詰めた「インサッカーティ=詰め物型」に大別される。さらに薫製、発酵、加熱の有無などで多くの種類に分類される。現在イタリアにはEUの認定を受けたDOP、IGPサルーミは41種類存在する。イタリア全20州のうち13州でDOP、IGPサルーミが作られているが、もちろんそれ以外の州でも多くのサルーミが作られている。80代にスローフード運動がおこり、希少食材が脚光を浴びるようになってから、極めて生産量が少なく、地元でしか流通しないようなサルーミも注目されるようになったのだ。 こうしたさまざまなサルーミを知り、味わうことはイタリアを旅するのに似ている。それぞれのサルーミに歴史と物語があり、地方の文化と風土を反映しているのだ。プロシュット・クルードはパルマ産とサン・ダニエレ産でなぜその形状が違うのか。クラテッロが生ハムの王様と言われるゆえんはなんなのか。ラルド・ディ・コロンナータはどのようにしてうまれたのか。イタリアではなぜザンポーネやコテキーノをクリスマスに食べるのか。そうした物語をひとつ知るたび、またひとつイタリア料理への理解が深まるのではないかと思う。イタリア半島を縦断しつつ、壮大なサルーミの旅へと出掛けてみることにしよう。

Prosciutto Crudo(プロシュット・クルード) 王冠のパルマと豚のひずめのサン・ダニエレが代表的な産地

豚の腿肉を塩蔵、熟成させて作る生ハムでイタリアを代表する食材のひとつ。主に北中部イタリアで作られており、DOP、IGP合計11の産地がある。特に有名なのはパルマ(DOP)とサン・ダニエレ(DOP)でイタリア産プロシュットの双璧をなす。前者は丸みのある形状と美しいバラ色が特徴。「甘口」と称される滑らかな舌触りと芳香は、夏蒸し暑く、冬は霧に覆われて寒さ厳しいエミリア地方の風土が作り出す。その歴史は古く中部イタリアの先住民族エトルリア人が紀元前5、6世紀に作り始めたとされる。パルマでもローマ時代にはすでにプロシュット作りが行われており、紀元前217年カルタゴの武将ハンニバルがイタリアに侵攻、パルマに入場した際住民がプロシュットで歓待したという記録が残っている。原材料は豚の腿肉と塩のみ。マエストロ・サラトーレと呼ばれる熟練の職人が塩を施した後、切断面がしすぎないように豚の脂などを配合したスーニャをぬり、約400日熟成させる。その時点で馬の骨を使った独特の検査スピッラトゥーラが行われ、主に血の匂いがないかどうか、熟成が適正かどうかを香りで判断。合格するとパルマ公国時代の王冠を模した冠マークの焼き印が押され「プロシュット・ディ・パルマDOP」として出荷が許されるのだ。 一方フリウリ地方ウディネ周辺で生産されるのが「プロシュット・ディ・サン・ダニエレ」でその紀元はさらに古く紀元前8世紀から11世紀の間には生産が始まっていた。製法はパルマとほぼ同じだが大きく異なるのがサン・ダニエレのシンボルともなっている、豚のひずめ部分を残したまま熟成させる方法だ。これはサン・ダニエレの伝統的な作り方で、吊るして熟成させる間、ひずめ部分からの水分の蒸発をうながすためでもあり、品質保証の焼き印にも豚のひずめが描かれている。サン・ダニエレ産はパルマ産に比べるとより味も香りも強いとされる。イタリアには合計11のDOP、IGPプロシュット・クルードがありパルマ、サン・ダニエレの他にはサウリス(IGP)、モデナ(DOP)、トスカーナ(DOP)、ノルチャ(IGP)が地元を中心に広く流通している。またクネオ(DOP)、デ・ボッセ(DOP)、アマトリーチェ(IGP)、ヴェネト・ベリコ・エウガネオ(DOP)などは生産量も少なく、現地でしか食べられないことが多いので幻のプロシュットとも呼ばれている。

Culatello(クラテッロ) 世界の一流店で愛されるサルーミの王様

クラテッロは「生ハムの王様」とよく称されるが、正確にいうならば「サルーミの王様」である。正式名称は「クラテッロ・ディ・ズィベッロDOP」で、バッサ・パルメンセと呼ばれるポー川西岸平野部にあるズィベッロ周辺8村で生産者組合に加盟している22社のみが生産されている。史上初めてその名が文献に登場したのは1735年「豚の腿肉から作られた肉製品」と記述されていた。プロシュット・ディ・パルマなど他のエミリア地方のサルーミ同様、この地方が冷たくて重い霧に包まれる冬期にのみ生産される。クラテッロに使用するのは豚の尻に近い部分の腿肉で、内腿肉を使った同様の製品は「フィオッコ」または「フィオッケット」と呼ばれる別のサルーミである。まず腿肉から皮、脂、骨を外し、クラテッロ独特の洋梨型に成形、十日ほど塩蔵した後に豚の膀胱に詰めひもでしばったあとに吊るして熟成させる。つまりインサッカーティ(腸詰めなど)に分類される生ハムである。実際クラテッロの熟成庫に足を運んでみればその発酵のメカニズムは、自分の鼻で体感できるだろう。湿った洞窟内にたちこめるアンモニア臭に一瞬ひるむが、最低十ヶ月の熟成期間を経て、腿肉は極上の香りを秘めたサルーミの王様へと昇華してゆくのだ。以前は「幻の生ハム」とも呼ばれたが世界的に評価が高まった現在は世界中の一流レストランで食べられるようになった。ある生産者の熟成庫で見たクラテッロにはすでに「アラン・デュカス」「オステリア・フランチェスカーナ」「ノーマ」などの名が記された札がかかり、英国のチャールズ皇太子売約済みのクラテッロまであった。

ジュゼッペ・ヴェルディの故郷ブッセート

ズィベッロからわずか10kmの位置にあるブッセートはイタリアを代表する作曲家ジュゼッペ・ヴェルディが生まれた町。広場にはヴェルディの銅像が立っており、街中には「ナブッコ」「トラヴィアータ」などのヴェルディの有名オペラが流れている。またブッセートにはクラテッロを食べさせてくれるオステリアも多く、やはり地元産のランブルスコを白磁の器で飲み、クラテッロやプロシュットなどのサルーミを手づかみで食べるのが伝統。    

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