Espresso誌の殿堂入り、ドン・アルフォンソ1890
昨年、創刊40周年を機にEspresso誌が新たな評価として「金の帽子=Cappello d’Oro」を制定し、いわばイタリア料理界の殿堂入りとして10件を表彰したことは記憶に新しい。中でも90年代のイタリア料理界を牽引し、南イタリアに史上初めてミシュラン3つ星をもたらしたドン・アルフォンソ1890が金の帽子を獲得したことはイタリア料理ファンにとっては嬉しいニュースだった。いまではナポリからアマルフィ・エリアが美食の地だということは誰もが知っているが、90年代にドン・アルフォンソが日本でも有名になり始めた頃はまだインターネットも未発達で、雑誌の記事以外に写真を見るすべもなかったから、果たしてどのような店なのか?とかの地に思いを飛ばしていたのも懐かしい思い出だ。今思えば自家菜園で無農薬野菜を使用しているのも、現代のガストロノミーを表現するキーワードのひとつ「サステナビリティ」をいち早く取り入れたのもドン・アルフォンソ1890だった。 ソレントからアマルフィ海岸方面へと車を走らせ、サンタガタ・スイ・ドゥエ・ゴルフィ Sant’Agata sui Due Golfiの看板が見えたら右折。19世紀に作られたナポレオン様式のパラッツォがドン・アルフォンソ1890だ。今では厨房の主導権は父アルフォンソ・イアッカリーノから息子のエルネスト・イアッカリーノへと禅譲が徐々に進んでおり、一時代を築いた「ドン」アルフォンソの時代は緩やかに次世代へと向かいつつある。現在では3つ星から星をひとつ失い、World 50 Bestも選外のドン・アルフォンソ1890だが家庭料理だった南イタリア料理をガストロノミーの世界に紹介し、その頂点ともいえる3つ星にまでたどりついた功績は非常に大きい。いわゆるグラン・メゾン的なインテリアもダル・ペスカトーレやエノテカ・ピンキオーリなど、イタリアでも数少なくなってきており時代はミニマルなインテリアへと向かっているが、やはり一見の価値はある。事実Trip Advisorが選ぶイタリアのラグジュアリー・レストラン部門で1位に輝いたこともあるのだ。また、2015年に訪れた際リヴィア夫人が案内してくれた、ローマ時代にまで起源がさかのぼるという地下のカンティーナは、恐怖を覚えるほど寒く、深く、広大で暗く、常時1300種類25000本のワインが眠る。こうしたカンティーナはミラノにも東京にもNYにも存在しないはずだ。 時代を作ってきたドン・アルフォンソの料理は数多く存在するが、最も象徴的で時代を感じさせるのが「リガトーニのヴェスヴィオ山 Vesuvio di Rigatoni」だろう。これは南イタリア伝統のパスタ・アル・フォルノ、ティンバッロをアルフォンソ流に解釈したオリジナル料理で、ゆで卵、豚肉のポルペッティーネ、グリーン・ピース、モッツァレッラとリガトーニをオーブン焼きし、トマトとバジリコ、牛乳のソースでヴェスヴィオ山が噴火した様子を形作る。もう一品あげるとするならば「マグロのブルボン風ソース、トルナグスト Tonno alla salsa Borbonica Tornagusto」だろう。これはかつてナポリ王朝を支配していたフランス・ブルボン家のレシピの再解釈で、ピスタチオを使ったソース。トルナグストとは「再び食べたくなる」という意味だ。こうしたドン・アルフォンソ1890の哲学は、メニューに引用されている20世紀に活躍したナポリ生まれの俳優、エドゥアルド・デ・フィリッポの言葉に集約されているのではないだろうか。 “Solo dopo aver studiato, approfondito e rispettato la tradizione, si ha il diritto di metterla da parte, sempre però con la consapevolezza che le siamo debitori, per lo meno, d’aver contribuito a chiarirci le idee. Naturalmente, se si resta ancorati al passato, la vita che continua diventa vita che si ferma ma, se ci serviamo della tradizione come d’un trampolino, è ovvio che salteremo assai più in alto”. “伝統というものを学び、つきつめ、尊重することで、はじめて少し距離を置く権利が与えられる。しかし我々は思想を表現するのにも伝統の力を借りていることを、つねに意識していなければいけない。もちろん歴史とはいつも密接につながっているし、進み続けるはずの人生がふとたちどまる人生にもなる。もし伝統をトランポリンのように扱うことができるならば、わたしたちはより高く飛べることは間違いない。”SAPORITAをもっと見る
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