一斉を風靡したナポリ・ピッツァ、ダル・プレジデンテの現状
今は記憶も遠くなりつつある1994年のこと。ナポリでG7サミットが開かれて、当時のアメリカ大統領ビル・クリントンが1934年創業の老舗「ディ・マッテオ Di Matteo」にピッツァを食べに行ったことがあった。クリントンがピッツァを頬張る様子は世界中の多くのメディアで取り上げられ、ああ、あのナポリ・ピッツァを食べてみたい、とアメリカ人、イタリア人、そしてもちろん日本人も国籍問わず誰もが思うようになったのだ。その時クリントンとその同行者70人にピッツァを焼いたのが同店のピッツァイウオーロ、エルネスト・カチャッリ Ernesto Cacialli。クリントンがその味を褒めたことから一躍ナポリ・ピッツァ界の有名人となり、やがて独立して「ディ・マッテオ」と同じスパッカナポリに「ダル・プレジデンテ Dal Presidente」をオープン。間も無く世界中からエルネストのピッツァ目当ての客が訪れるナポリ屈指の有名店となった。ちなみに店名のプレジデンテとはもちろんクリントンに由来することはいうまでもない。当時ナポリサミットに出席した日本の首相は社会党の村山富市氏で「イタリア料理は美味しい!!」と公式晩餐会後にコメントを残したものの、翌日腹痛で会議をキャンセルしたエピソードもほほえましくて懐かしい。 クリントンがグルメだったかどうかはともかく、その後一斉を風靡した「ダル・プレジデンテ」からエルネスト・カチャッリは去り、現在メインでピッツァを焼くのはラス・ヴェガスで行われたピッツァ大会で優勝したこともあるジェンナーロ・ルッソ Gennaro Russoである。一方エルネスト・カチャッリはというと、その娘マリア・カチャッリ Maria Cacialliは美人ピッツァイウォーラとして知られ、現在は「大統領の娘」という店名の「フィッリア・デル・プレジデンテ Figlia del Presidente」でピッツァを焼いている。その才能は確かに受け継がれたようで、こちらもなかなかの人気店だ。 今回訪れた「ダル・プレジテンテ」では「マルゲリータ」と、フリアリエッリとサルシッチャを使った「カレッティエラ」を食べてみた。マルゲリータはトマトの酸味がフレッシュで最後まで飽きずに食べることができた。カッチャトーラはフリアリエッリの独特の苦味と、野趣あふれる豚肉のサルシッチャの組み合わせは美味しかったがチーズが重かった。生地はあくまで軽く、最後までふわふわの食感を保ち続けていおり、塩もオイルもマイルドで食べやすい。しかしこれぞナポリ!というような胸を打つ高揚感や、充実感、満足感は期待していたほど感じられなかった。 エルネスト・カチャーリが去った後、近年の「ダル・プレジデンテ」の評判は以前に比べると正直芳しくないというのが本当のところだろう。先日史上初めて発表されたイタリア・ピッツェリアのランキング50 TOP PIZZAでも上位にランクインするのは、今やミシュランの星にもっとも近いといわれるフランコ・ペペ Franco Pepeの1位を筆頭に、2位のジノ・ソルビッロ Gino Sorbillo、3位のエンツォ・コッチャ Enzo Cocciaとスター・ピッツァイウォーロたちで、フランコ・ペペと同じくピッツァ・デグスタツィオーネでミシュランの星を狙うヴェローナのシモーネ・パドゥアン Simone Paduan、レナート・ボスコ Renato Boscoらが続く。続いてナポリで常に人気のピッツァリア、「チンクアンタ・カロ 50 Calo」「ダ・ミケーレ Da Michele」「ラ・マサルドニア La Masardonia」らが続き50位に「ディ・マッテオ」がランクインしているが「ダル・プレジデンテ」は圏外となっている。ナポリ・ピッツァの世界も栄枯盛衰が激しく、老舗だから、有名店だから美味しいとは限らない、というのが本当のところなのかもしれない。ちなみにわたしが普段ピッツェリアを選ぶ際参考にしているのは、ナポリの地元紙Il Mattinoの記者ルチアーノ・ピニャターロが主催する上記50 TOP PIZZAか、Gambero Rossoのピッツァ・ガイド「Miglior Pizzeria d’Italia」。特に前者はIl Mattinoのナポリ人新聞記者たちが食べ歩いた結果なので十分信頼に足るランキングだと思う。SAPORITAをもっと見る
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