「フリコー」か「フリーコ」か?それも問題だ
フリウリ地方を代表する冬の料理にFricoがある。これはジャガイモとタマネギ、そしてモンタジオなどのチーズを使ったもので、その記述はイタリア料理史を研究する際に必須の書のひとつである、15世紀に書かれたマルティーノ・ディ・コモの「Arte de Coquinaria」にも登場するほど古い。現在のFricoはバターまたはラードで上記の食材を加熱し、柔らかいふわふわバージョンとカリカリ・バージョンがあり地元では前者は真空パックで温めるだけ、後者はスナック菓子のような状態で販売されている。過日訪れたフリウリの州都ウディネでも、店によっては手作りの極上Fricoを出してくれるところもあれば、ワインバーのような店では真空パックのFricoをレンジでチンして出して来た店もあった。手作りのFricoはチーズが焦げた香りがたまらなく、あと引く美味しさなのだがそれは一目瞭然。サムネの写真は手作りのFrico、一方下の写真は真空パックをチンしたFricoの写真だ。 これは本来祭りの日などに作られ、前菜としてもセコンドとしても食べられているる祝祭的料理なのだが、ここで問題がある。このFricoは果たしてなんと発音するのか?近年日本のイタリア料理店でもこのFricoを出す店もあるが「フリコー」と呼んでいるのをよく耳にする。しかし過日ウディネやサン・ダニエレの食料品店、オステリア、レストランで聞いた発音はすべて「フリーコ」だった。フリウリ辺境の地での発音は未確認だが、一体正しいのはどちらなのか。 実際のところフリウリがイタリアに統一される1800年代終わりまでは「フリコー」と「o」にアクセントが置かれて発音されていたらしいが、次第に最後から2番目の母音にアクセントが置かれるという標準イタリア語の法則に従い「フリーコ」と「i」にアクセントがおかれるようになったという。したがって現在通常は「フリーコ」と呼ばれ、ディープなフリウリ弁では「フリコー」と呼ばれている、ということになるが少なくとも今回のウディネでは「フリコー」とは一度も耳にしなかった。場合によってはWikipediaやクックパッドのように「フリコ」と表記している店もあるようだが、これは現地で本当の発音を聞いたことがないのではないか?とさえ思えてくる。その点ネットでもレシピでも「フリーコ」と表記してあるのを見ると、ああ、現地で本当に味わって学んだんだな、とある種の安心感を覚えるのだ。 結果としてこの場合は、その違いを認識しているのなら「フリコー」でも「フリーコ」でもどちらでもよい、ということになるのだろうが発音の混同として聞き捨てならないのがフィレンツェ近郊にある繊維の街「プラート」を「プラトー」と発音することや、「菜園風」という意味の「オルトラーナ」を「オルトナーラ」と言い間違えたり、書き間違えたりすることだろう。「カップッチーノ」「プロシュット」などはすでに一般的な日本語として「カプチーノ」「プロシュート」が定着しているのでこの際どちらでもよいとは思うが「オルトナーラ」は完全な間違いなのでありえない。ちなみにこれは「真のナポリピッツァ協会」に加盟している東京の某ピッツェリアのメニューで目にした表記で、口の中でつぶやいていると自分でもどちらが正しいのか次第にわからなくなってくるから、紛らわしくて危険だ。 あと最近はイタリアのマイナー食材を日本でも目にする機会が増えたが、これも現地の発音を聞いたことがない故の間違いなのだろうが「モッツァレッラ」を「モッツァレラ」、「チャバッタ」を「チャバタ」、「カチョカヴァッロ」を「カチョカバロ」と表記してあるのにはやはり違和感を覚える。特に「カチョカバロ」に至っては「カチョ・カバロ」なのか「カチョカ・バロ」なのか、読む人もなんと発音するべきか不安になるのではないか、と思うのはわたしだけだろうか?こうした表記の問題については言い出すときりがないが、某イタリア料理原理主義者の友人と話していると、毎回「世直しが必要ですね」という結論になるのだ。SAPORITAをもっと見る
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