「シーネ SINE」が提唱する美食民主主義=ガストロクラティコ
現在ミラノのホテル・ブルガリのシェフはニコ・ロミートが務めているが、その前にシェフだったのがナポリ出身のロベルト・ダ・ピントだ。ホテル・ブルガリを辞めてからロベルトの動向が気になっていたのだが昨年10月に新店「シーネ SINE」のオーナーシェフとして再スタートした。「シーネ SINE」とはラテン語で「〜が無い」という意味でフランス語のsinに相当するが、これは店のコンセプト「余分なものを排除する」という考えを表している。同時にロベルトが提案するのは「ガストロクラティコ Gastrocratico」という造語で、ガストロとはもちろんガストロノミー=美食のことだが、クラティコとはデモクラティコ Democratico民主主義。つまり一部の裕福な人間のみが享受しうる高価なガストロノミーではなく、余分なコストを排除し誰もが分け隔てなく楽しめる民主的ガストロノミーという意味だ。この思想は食材の無駄をなくすアンティスプレーコ同様非常に重要で、現代イタリア料理の根幹をなすといっても過言では無い、と思う。この日は5皿からなるメニューLa Nostra Gastrocrazia=我々の美食民主主義ガストロクラティコを試したがメニューにはこのような言葉が書かれていた。 “Allarghiamo i confini della cucina gourmet, della gastronomia della qualita, parlando a tutti con linguaggio compensabile.” “われわれは誰もが理解できる言葉を用いながら高級グルメ料理やハイエンド・ガストロノミーの垣根を広げる。” 誰もが理解できる言葉というのは重要なキーワードだろう。つまり聞いたこともないような食材や料理名を並べるのではなくメッセージと食材は実にシンプル、しかし一流の技術を持って高級食材に頼らず美食の世界を構築するという意味だ。高級食材とはいうまでもなくキャビア、オマール海老、伊勢海老、和牛、白トリュフなどでロベルトがいうガストロクラティコの対極にあるのは、もしかしたら素材追求型の和食、懐石料理かもしれない。

Orata, cetriolo,peperoncino / Focaccia integrale con acciughe cantabriche e burrata / Consomme di radici / Bigne di Spaghetti cacio e pepe

最初に登場したのはフィンガーフードを含む4種類のアミューズ。黒鯛のクネルとキュウリ、ペペロンチーノのスティック。全粒粉を使ったざっくりとしたフォカッチャにはカンタブリア海産のアンチョビとブッラータ、組み合わせ的には定番のブーロ・アッチューゲ。温かい根菜のコンソメは胃を広げる役目があり、中にスパゲッティ・カチョ・エ・ペペのピューレを詰めたビニエはドルチェ・サラート、甘くて塩味のコントラスト。頬張ると確かにローマ伝統料理カチョ・ペペの味となる口中調理のフィンガーフード。

Radici Alici

ロベルトは自らのアイデンティティであるナポリをどの料理にもエッセンスとして加えるようにしているという。Radici Aliciつまり「根とヒシコイワシ」というこの料理は自らを投影したシグネチャーディッシュだという。根とは根菜でもあるが、ロベルト自身のルーツでもある。熱を加えて溶かしたモッツァレッラの下に調理法がすべて異なるさまざまな根菜「ラディーチ」が隠されており、ゴボウのマリネ、トピナンブール・チップス、ジャガイモ、ニンジンなど。一方「アリーチ」はヒシコイワシのマリネ、塩漬けにしたアンチョビ、そしてコラトゥーラが根菜同様モッツァレッラの下に隠されていた。食べ進めるうちに新たな発見があり、それぞれ味わいもテクスチャーも異なる、まるで雪の下から芽を出す春の大地を表現したような料理だった。アクセントにはクスコ産のコショウ。

Chitarrine con pollo alla cacciatora

鶏の猟師風キタッリーネ、手打ちパスタのキタッリーネは卵無しで硬質小麦と水のみ。鶏肉は一度ローストしてから細かくほぐしたようで、煮込んだのではなくローストの食感。時折現れるカリカリの鶏皮がアクセントとなっていた。パルミジャーノ・クリームと鶏のブロードで味付けはやや濃いめ。カイワレ大根はお遊び。

Costina di maiale a bassa temperatura con misticanza

豚のスペアリブを真空パックでじっくりと低温調理。軟骨までとろけるように柔らかくなっていた。ソースはサンバルを思わせるエスニック・タッチ、サラダ野菜はマスタードリーフなど。

Tiramisu

ロベルトのティラミスはカカオパウダーの下に極薄切りのマッシュルームが隠されている。これがカカオやエスプレッソを忍ばせた生地と良くあい、土の香りを思わせた。マスカルポーネ・クリームは軽くて上品。

Popcorn e tartufo

中にヘーゼルナッツクリームをつめたトリュフチョコとキャラメルコーティングした塩味のポップコーン。これも土から芽を出した春の黒トリュフ、のイメージだろうか。 食後の満足感は高いが料理は控えめで、15ユーロでペアリングしたワインも控えめな量。ローコストで胃を満たすのではなく、上質な料理を適度な料理で男も女も楽しめる料理で、特に体型を気にしてサラダばかり食べているミラノの女性たちには嬉しい料理ではないだろうか。美食は追求するが過度なサービスと量は排除する。「SINE」という引き算の発想で構成した料理はとても美しく、美味しかった。 http://sinerestaurant.com Viale Umbria 126, 20135, Milano Tel:02-36594613 日、月昼休  

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