マルケージの後継者ダヴィデ・オルダーニの料理
1986年、当時イタリア史上初のミシュラン3つ星を獲得したばかりだったレストラン「グアルティエロ・マルケージ」の店の前で、ヌオーヴァ・クチーナ・イタリアーナの創始者である故マルケージを若手スタッフが囲んで撮影した一枚の有名な写真がある。前列右端がアクアパッツァ日高良実シェフ、後列左から2番目がカルロ・クラッコ、4番目が若き日のダヴィデ・オルダーニだ。当時マルケージの下で学び、やがて現代イタリア料理界を代表するシェフとなった門下生たちをマルケージチルドレンという意味の「マルケジーニ」と呼ぶが、「D.O.=ディーオー」シェフ、ダヴィデ・オルダーニはカルロ・クラッコ、アンドレア・ベルトンと並び現在ミラノで最も活躍するシェフだ。 ダヴィデ・オルダーニはかつてプロサッカー選手を目指していたが怪我で断念、料理の道に進んだという異色のキャリアの持ち主だがマルケージはじめアラン・デュカス、ピエール・エルメらの下で働き2003年に自らのイニシャルを冠したレストラン「D.O.」をオープン。直後にミシュラン1つ星を獲得し、とにかく予約が取れない店だったがなんとか予約を取り、2005年に立て続けに二度訪れたことがある。その時食べたタマネギのカラメリゼ、チポッラ・カラメッラータがしばらく忘れられなかったのだが時は流れてしばらく「D.O.」からは足が遠のいていたのだ。ところがマルケージの死をきっかけとなったのか、マルケージの生涯を描いた映画「The Great Italian」にもオルダーニが登場する姿を見たし、ここ2年ほど立て続けにイベントでインタビューする機会もあった。また先日ミラノで行われたイデンティタ・ゴローゼ Identita Goloseで数ヶ月ぶりに会ったこともあり実に14年ぶりに「D.O.」を訪問することになった。場所は万博にも使われたミラノ郊外ローより車で10分ほどにあるコルナレード。ここはオルダーニが生まれ育った場所でもあり、マルケージ同様生粋のミラネーゼなのだ。3年前に移転して改装、以前よりもさらにミニマルかつミラノ風になった「D.O.」では厨房前にあるシェフズテーブルに着いた。Barbabietola e Nocciola
遊び心溢れるアミューズとして最初に登場したのは、ダヴィデの娘が皿を舐めているのを見て考えついたという「舐める」ための一皿。ダヴィデ自らがデザインしたこの皿は料理で持つとちょうど顔が隠れるようになっていて、皿についているビーツとヘーゼルナッツのクリームを舐めても他人からは見られない、という仕掛け。「クチーナ・ポップ」を標榜するダヴィデの料理は楽しくで快活、遊び心にあふれているが緊張と日常から解き放ってくれるファースト・ストライクだ。ビーツは酸味、ヘーゼルナッツはコク、ダヴィデの料理は全体的に言えることだが動物性脂肪を極力控えて季節の野菜と素材が持つ酸味を駆使して最後まで飽きさせずに食べさせてくれる。Panino di salsa grana e fave
最近のトレンドである、おそらくは電子レンジで作った蒸しパンは若いグラナ・パダーノのほのかな熟成香りと酸味あるソース、旬の素材であるそら豆のソースを「スカルペッタ」つまりぬぐいながら食べる。普段行儀が悪いとされていることをあえて破り、童心に帰って料理を楽しませてくれる。完成形はおそらくトスカーナの春の味であるペコリーノ・エ・ファーヴェで、テクスチャーを変えて分解一口パニーノとした。Burrata, Grana, Cipolla caramellata e Cramble
2005年前後に初めてD.O.を訪れたとき、衝撃だったのはタマネギを甘くローストした「チポッラ・カラッメッラータ」だったが、「これはその進化形だ」とダヴィデが言う通り、さらに甘く、美味しくなったタマネギにブッラータのクリームとグラナ・パダーノのムース、そしてビスコッティの塩気あるクランブル。最低限の脂肪分に甘みと塩、クランブルのさくさくした食感を加えてある。器も独特だが、さらに小さなナイフ状の磁気のスプーンですくって食べる。Tris di asparagi (bianco, verde e rosa) ,fran di asparagi, sale solforoso e cramble di mandorle
Sgomblo bassa temperatura, burro di crostacei e verdura primavera
「3種類のアスパラガス(白、緑、ピンク)、アスパラガスのフラン、サーレ・ソルフォローゾとアーモンドのクランブル」は衝撃的な料理だった。まずイタリア国旗を模した3種類のアスパラガスの旬の美味しさも去ることながら、グリーンアスパラガスを主体とした香り高いフランの上には土を模したアーモンドのクランブル。まるで土の下から芽を出す力強いアスパラガスのような、春の香りに満ちた一皿。 もうひとつ、魚料理は「サバの低温調理、甲殻類のバターソースと春野菜」。柔らかく火を入れたサバはイタリアにしては珍しく皮まで食べさせてくれる。エビを中心にしたバターソースは香ばしく濃厚で、脂を落とした淡白なサバにコクを加えていた。Risi e bisi, crema di piselli freschi e prosciutto cotto essicato a cramble
これは昨年クアットロマーニで食べた裸のラヴィオリを彷彿とさせる料理で、春野菜を使うオルダーニの真骨頂。本来「リジ・エ・ビジ」は米と豆類を合わせたクチーナ・ポーヴェラだが、これはフレッシュなグリーンピースと水分を抜いた乾燥のグリーンピース、そして同じくグリーンピースとそら豆のピューレにグリーンピースのスプラウト。トッピングはアーモンドのクランブルという新形態の伝統料理。Spaghetti cacio e pepe al cartoccio argento
写真ではパスタが雑に盛られているようだが、これは本来皿の縁に盛られてあった銀箔をかぶせたスパゲッティをオルダーニ自らがサーブして皿の中に落としてくれたもの。撮影は間に合わなかったのだが、イメージはもちろん師匠マルケージの金箔を使った「黄金のリゾット」のスパゲティ版。「これは80年代に一斉を風靡した紙包焼き、カルトッチョをイメージした」とオルダーニがいうように、スパゲッティを銀箔で包み、皿の中のカチョ・エ・ペペ・ソースとあえて食べる。昔のイタリア料理を知るものには懐かしく、また新鮮な温故知新のイタリア料理。Zuppa di pesce
この料理が登場した時はおおげさでなく鳥肌が走った。一目見てわかると思うが、これはかのマルケージの名作「ドリッピング」をイメージしたオルダーニ風のズッパ・ディ・ペッシェ。マルケージの「ドリッピング」はイカやムール貝などを、80年代風の味付けであるサフラン風味のマヨネーズを主体にイカスミなどで描いたソース状のスープに加えたものだった。いま思えば分解料理の走りであり、口中調理の元祖だった。当時のマルケージを知るオルダーニはそうとは言わないが、オルダーニの過去の仕事を汁物ならば一目瞭然。しかもそれをさらに進化させ、アクションペインティング=ドリッピングでなく、レオナルド・ダ・ヴィンチもかくあったか、と思わせるモンドリアンやカンディンスキーの絵画を思わせるアーティスティックな料理。しかもそれぞれのソースはしっかりと自己主張して、具材と合わせて食べるとこれがまた非常に上品に素材の味を引き出したズッパ・ディ・ペッシェとなるのだ。驚天動地、茫然自失、プレゼンテーションも去ることながら、味もまた素晴らしい忘れられない料理だった。Uova e gallina, barba di frati
「卵と雌鶏」と題された料理は、卵が先か、雌鶏が先か、という永遠の命題をテーマにした料理。パン粉をまぶした卵を揚げ、中は限りなくレア。トッピングのマルドンの塩がアクセントを加え、巣に見立てたのは北イタリアでいうバルバ・デイ・フラーティ、つまり日本のオカヒジキに似た(オカヒジキとは少々異なる)アグレッティ。それに雌鶏からとった珍しく脂質とゼラチン質が強いブロードを飲みながら食べる。卵を先に食べても、ブロードを先に飲んでも良い。それは食べ手が「卵が先か、雌鶏が先か」という命題の答えを見つけた時に初めてわかる食べ方だ。Salmone acetosella ristretto di porto
かつてマルケージが修行したフランスの名店「トロワグロ」のスペシャリティだった「ソモン・オゼイユ」をミラノ風に進化させたオルダーニ的解釈の新古典料理。マルケージの後アラン・デュカスの素でも働いたオルダーニはマルケージ、トロワグロ、デュカスのDNAを受け継いでいるのだ。サーモンは外側をしっかりと焼き、カタバミを使った酸味あるソースで食べる。トッピングはタロイモのチップス。
Agnello, garam masasa, porro, salsa di coriandolo
子羊の背肉を低温調理し、スパイシーなガラムマサラ、フォンド・ブルーノとコリアンダーをきかせたソース。つけあわせはポロネギのソテーと、球体のチップス。Gelato di formaggio di capra e burro, olio
たっぷりのケシの実に隠された蘇東坡のように見えるのは実はジェラート。ヤギのチーズとオリーブオイルで滑らかに、かつ塩味をきかせてある。Soufflé di albume, gelato cioccolato e menta
卵白のみで作ったふわふわのスフレは思わず声が上がる美しさで、これにオルダーニ自らがチョコミントのジェラートをトッピングしてくれる。甘く、軽いスフレとジェラートの相性のよさ、冷と温、完璧なデザート。SAPORITAをもっと見る
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