シチリア料理の現在形1 「山猫風」ティンバッロ by Ciccio Sultano@DUOMO
この5月前半、久々にシチリアをたっぷりと旅してきた。パレルモを振り出しにチェファルー、カステルブオーノ、タオルミーナ、カターニアと周り、旅の後半の目的地はラグーサ・イブラ。ミシュラン2つ星に輝く現役シチリア最高のシェフ、チッチョ・スルターノのレストランである。ラグーサ・イブラに3日滞在し連日連夜チッチョとシチリア料理論に花を咲かせ、ともに料理を口にし、食材や生産者に触れる日々。それは悠久の歴史を持つシチリアとシチリア料理にとっての現在や未来はどこにあるのか?という指針を探す旅でもあった。 日本でも多くの料理人がシチリア料理を志し、また多くのイタリア料理愛好家がシチリア料理を好むのと同様、わたし自身もイタリアで最も愛し、リスペクトしているのがシチリアでありシチリア料理である。1995年に初めてシチリアを旅して以来、彼の地に出かけること30回を超えたあたりから訪問回数を数えることはやめたが、2003年に自分自身初の著書「シチリア美食の王国へ」を刊行した際にシチリアをテーマに選んだのは決して偶然ではない。一冊の書籍にしても到底足りないぐらい歴史や逸話に満ちた土地であり、シチリアに対する思いは16年の月日が流れた現在も全く変わることはないどころか、知れば知るほど己の無知が見えてきてもっと知らなければ、もっと食べこまなければ、と思うことしばし。自分の現在到達点を見つめ直すという点においても、シチリア料理を誰よりも愛し、研究することに人生を捧げるチッチョと過ごせたことは非常に貴重な時間だった。しばし短期集中連載的にチッチョ・スルターノという男のフィルターを通しつつシチリア料理の現在形を見つめ直してみたい。 ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「山猫 Il Gattopardo(1963年)」をみたことがある方は多いだろう。これは19世紀末激動のシチリアを描いた作品で、誇り高きシチリア貴族たちの落日をテーマとした作品である。映画の中で最も有名な舞踏会のシーンはパレルモのガンジ宮で撮影されたが、そのガンジ宮はいまもパレルモ中心部に健在であり、過日もちょうどガンジ宮の前を通りがかり、15年ほど前にその中に足を踏み入れたときのことを思い出していたのだ。 ティンバッロとは、18世紀にフランス・ブルボン家が両シチリア王国を統治していた頃に誕生したシチリアを代表するハレの料理である。茹でたパスタをベシャメルやラグーであえ、揚げたナスで包んだあとさらにキッシュ用の生地パスタ・ブリゼ(パート・ブリゼ)で包み、オーブン焼きして仕上げる非常に手が込んだリッチな料理で、映画の中にも登場するシーンがあるので興味がある方は探してみてほしい。写真は10年ほど前、とあるシチリアの大邸宅での昼食に招かれた際に登場したティンバッロで、その時は揚げナスに包まれたその強大な姿に驚いたものだ。「山猫 Il Gattopardo」の原作者トンマージ・ディ・ランペドゥーサ Tommasi di Lampedusaは小説の中でティンバッロについてこう描写している。L’oro brunito dell’involcro, la fragranza di zucchero e di cannella che ne emanava, non era che il preludio della sensazione di delizia che si sprigionava dall’ interno quando il coltello aquarciava la corsta: ne erompeva dapprima un fumo carico di aromi e si scorgevano poi i fegatini di pollo, le ovette dure, le sfilettature di prosciutto, di pollo e di tartufi nella massa untuosa, caldissima dei maccheroni corti, cui l’estratto di carne conferiva un prezioso color camoscio.
外側は黄金に光り輝き、砂糖とシナモンの芳香が漂う。それはまだ前奏曲でしかなく、そっとナイフを入れるとその内側からは甘美なる感覚が溢れ出す。まず熱い湯気と濃厚な香りが吹き出し、中には鶏のレバーや固ゆで卵、プロシュットや鶏肉やトリュフの薄切り、豊満かつ熱々のマッケローニが見える。そこにセーム皮のように美しい色合いの肉のソースが加わるのだ。(訳・筆者)
Timballo del Gattopardo “Ricordo di Tommasi di Lampedusa”
チッチョが作るティンバッロはこのゴージャスな貴族の宴会料理を1人分のポーションに凝縮、再構成したもの。中にはプロシュット・コット、フォルマッジョ・ラグサーノ、ナスのフリット、自家製マッケローニを詰め、ベシャメルでまとめてスーゴを最後にまわしかけて仕上げる。牛肉は地元シチリアのビオ農家ジュゼッペ・グラッソ Giuseppe Grasso、豚肉はアゴスティーノ・セバスティアーノ Asgostino Sebastiano、鶏肉は自らが共同経営するビオ養鶏施設アイア・ガイア Aia Gaiaのものを使用。貴族の祝祭的料理にナイフを入れる瞬間、ランペドゥーサが描いたようにその内側からはなんともいえない甘美な香りが漂ってくるのだが、同時に卓上へと溢れ出すのは様々な民族が足跡を残し、有形無形多くのものを残しては去った、シチリアとシチリア料理の歴史そのものなのだ。SAPORITAをもっと見る
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