3つ星シェフのパスタ「マンチーニ Mancini」の小麦収穫祭
「パスティフィーチョ・マンチーニ Pasta Mancini」はマルケ州内陸部、フェルモ県モンテ・サン・ピエトランジェリにある。2010年に誕生した若いパスタメーカーだが、ここ数年EATALYなどもでよく見かけるようになり、その存在感は年々増していることは確かだ。特にPiazza Duomo ピアッツァ・ドゥオモ、Da Vittorio ダ・ヴィットリオ、Dal Pescatore ダル・ペスカトーレ、Enoteca Pinchiorri エノテカ・ピンキオーリといったイタリアを代表する3つ星レストランがことごとく「マンチーニ」のパスタを使っており、いまや「3つ星御用達」のクオリティ・パスタというイメージが定着しつつある。小麦がたわわに実る夏真っ盛りの7月8日、小麦収穫祭「Trebbiatura トレッビアトゥーラ」を3つ星シェフとともに祝うので是非とも参加されたし、と「マンチーニ」社長マッシモ・マンチーニより直々に案内をいただいたので日本人招待ジャーナリストとして唯一「トレッビアトゥーラ」に参加してきた。 マッシモ・マンチーニの祖父マリアーノは戦前に小麦生産をはじめ、その息子ジュゼッペ、そして孫のマッシモも子供の頃から小麦畑に慣れ親しんで育ってきた。しかしジュゼッペは靴の製造業へと転身。というのもこの周辺はTOD’Sはじめイタリアを代表するシューズメーカーがずらりと並び、それらを支えるファクトリーも多く存在。イタリアの「シューズバレー」と呼ばれるほど靴の生産が盛んな地域だからだ。イタリア・ファッション興隆期とともに成長したマンチーニ家だったが、マッシモは農学部卒業後実家が所有していた農地を整備し、祖父の遺志を継いで古代小麦の栽培を再開。さらに自家生産の小麦を使ってパスタを作ることを目指して「パスティフィチョ・マンチーニ」を創業したのだ。 一般的にイタリアおける乾燥パスタは大企業が作る大量生産の「パスタ・インダストゥリアーレ Pasta Industriale=工業的パスタ」と、グラニャーノに代表される小規模生産ながら昔ながらの手作りを踏襲する「パスタ・アルティジャナーレ Pasta Artigianale=職人的手作りパスタ」の2つに大別される。しかしマッシモが目指すのはそのどちらでもない「パスタ・アグリコラ Pasta Agricola=農家のパスタ」。つまり原材料である小麦粉を購入してパスタを生産するのではなく、自ら栽培した小麦を用いてパスタを作る「農家の手作りパスタ」だ。 「マンチーニ」は現在60haの自社畑と290haの賃貸借畑で主に3種類の古代小麦を生産している。それは「マエスタ Maestà」「レヴァンテ Levante」「ナザレーノ Nazareno」で、それぞれ40%、30%、30%が「マンチーニ」のパスタの基本配合だ。興味ある方は「マンチーニ」のサイトをみていただきたいが、これら3種の古代小麦を育てる畑はそれぞれ特定の名称で呼ばれ、それぞれが地理的特性から異なる性格の古代小麦を生み出す。つまり「マンチーニ」はワインの世界でいう「クリュ」をパスタの世界に持ち込み、パスタの出自を証明するトレーサビリティも厳格に表示しているのだ。 今回の「トレッビアトゥーラ」ではマッシモ・マンチーニに先導され3つ星シェフたちとともに収穫の現場を見て回ったが、特におもしろかったのが「カンポ・スペリメンターレ Campo Sperimentale」と呼ばれる実験用の畑だ。ここでは硬質小麦の始祖とされる古代品種「ファッロ・ディ・コッコ Farro di Cocco」はじめ多くの希少品種を栽培し、どういった特性を持つのか?最適な気温や湿度はどれぐらいかをリサーチし、小麦栽培に生かしている。小麦の世界は数千年かけて人類に有益、つまり生産性の向上や病害に強い品種を交配し開発してきた。しかしここではそうした時の流れに遡り、イタリアが本来持っていた「ビオディヴェルシタ Biodeviersità=生物多様性」に立脚した実験と生産を行なっている。8年かけ独自に開発した品種には偉大なる祖父の名をとり「ノンノ・マリアーノ」と名付けた。この新たな小麦から作ったパスタは年内には生産が可能になるはずだ。 さて、収穫際のメインイベントは本社屋上に作られた特設レストランで行われたガラ・ディナーだ。これは「マンチーニ」を愛用する3つ星シェフたちをメイン・ゲストに社員や関連農家合計200人を招待して行われた。この日参加した3つ星シェフは以下の4人。まずはピエモンテ唯一の3つ星にしてマルケージの直弟子の一人、エンリコ・クリッパ Enrico Crippa@PIAZZA DUOMO(ALBA)。ベルガモの老舗DA VITTORIO(BERGAMO)からは長男キッコことEnrico Cereaと2人で厨房を仕切る3男の「ボボ」ロベルト・チェレア Roberto Cereaがチェレア家を代表して駆けつけた。ダル・ペスカトーレ DAL PESCATORE@(MANTOVA)からは同じくサンティーニ家を代表して長男のジョヴァンニ・サンティーニ Giovanni Santiniが愛用のヤマハ製バイクに乗って登場。そしてフィレンツェのグランメゾン、エノテカ・ピンキオーリ ENOTECA PINCHIORRI(FIRENZE)からは勤続20年超のエグゼクティヴ・シェフ、リッカルド・モンコ Riccardo Moncoがやってきた。 マルケの小麦農家では、トレッビアトゥーラにはアヒルかガチョウをつぶし、収穫に参加した家族全員で喜びを分かち合いながら食べるのが伝統だ。この夜はアヒルのレバーを使ったパテに始まり、「マンチーニ」のリガトーニを使ったアヒルのラグー「モッコロッティ Moccolotti」が登場。言い換えるならトレッビアトゥーラ風リガトーニ Rigatoni alla Trabbiaturaだが、噛みごたえあるパスタと野性味たっぷりのアヒルのラグーは、肉体労働のあとならば体の隅々まで食の喜びを与えてくれるであろう、それはそれは滋味深いパスタだった。そしてメインはアヒルのローストとその脂をたっぷりと吸ったジャガイモ。3つ星シェフたちも小麦の収穫を祝う夏祭りを心底堪能し、夏の宴は深夜まで続いたのだった。 翌日は一部有志のみで海辺のレストランでスパゲッティ・テイスティングを行なった。写真にはスパゲッティが3種盛られているが一番左がテフロンダイスを使ったパスタ・インダストリアーレで右の2つはブロンズダイスを使った「マンチーニ」のスパゲッティ。茹で時間は両者で異なるが断面部を見てみるとともに白い芯「アニマ」が残っており、いわゆるアルデンテの状態である。左のパスタのほうが見た目は表面が滑らかで弾力性が弱いのがお分りいただけるだろうか? 味わいはというと左のものはアルデンテ部分は残っているが粉っぽい食感と滑らかな舌触り。一方右のマンチーニはアルデンテは同様だが表面から芯まで3種類ほどのテクスチャーの違いが感じられ、粉の香りが強く弾力もある。アルデンテ、に関していうならば左のものは70度強で乾燥させるため大量生産が可能だが、乾燥時間が早いため芯の部分は結晶化したままで茹でても水分や熱が入りにくい。扱いやすいパスタといわれるのはこのためだ。 一方右のマンチーニは40度強で48時間かけて乾燥させるためパスタの内部まで均一に乾燥されしっかりと水分が飛ばしきってある。ゆえに加熱時間はシビアでプロの技術が問われるが、その分仕上がりは非常に満足感の高いアルデンテが得られるのである。さらにいうならブロンズダイスのため表面は多孔質で、ソースと一体感あるパスタにすることが可能なのだ。 「トレッビアトゥーラ」の最後に食べたのは「マンチーニ」のスパゲッティを使った「スパゲッティ・アッレ・ヴォンゴレ Spaghetti alle Vongole」。Arselleに似たアドリア海の小さめのアサリに、プレッツェーモロをたっぷりと刻んでEVOと乳化させるのがこの地域「スパゲッティ・アッレ・ヴォンゴレ」の特徴だ。これはまさにスパゲッティのクオリティを確認するためにあるかのような料理で、乳化したソースの絡み具合や、スパゲッティの中まで味がしっかりと入ったテクスチャーを堪能できる。一般の方は、日常の食卓ではパスタ・テイスティングは行わないだろうが、機会があったら数種類パスタを茹で、その違いを味わってみるといい。表面の滑らかさやテクスチャー、歯切れのよさ、粉の香りなどポイントは何点かあるが、今回参加した4人の3つ星シェフが選んだのが「マンチーニ」なのだ。最後に2人のコメントを紹介したい。 ロベルト・キッコはこう言った「うちは50年以上の歴史があるので、これまで何社もパスタ・メーカーとつきあいがあるが『マンチーニ』は他とは違う。だから残した。」ダ・ヴィットリオのスペシャリティは創業者ヴィットリオの時代から続く、非常に噛みごたえあるトマソースのパッケリ「パッケリ・ダ・ヴィットリオ」だが、これは「マンチーニ」のパッケリを使用している。 エンリコ・クリッパは毎朝自ら畑に足を運び、自転車での運動を欠かさないイタリア料理界きってのアスリートだが「マンチーニのパスタはなにもかけなくてもうまい。自転車に乗る時、すぐエネルギーになる炭水化物を摂取してから乗るがそういう時は「マンチーニ」のパスタをなにもかけずに食べる。他のメーカーのパスタでは何もかけず食べ続けるのはしんどいが「マンチーニ」は可能だ。なぜならパスタ自体がうまいからだ」 www.pastamancini.com  

SAPORITAをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。