日本のイタリアンを旅する01 SALONE TOKYO
昨年3月、東京ミッドタウン日比谷OPENともに誕生したのがサローネ・グループの最新店「サローネ・トウキョウ」だ。同店にはサローネ・グループの精鋭中の精鋭ともいえる樋口敬洋、永島義国、高見博史3シェフが揃った豪華なトロイカ体制で臨んでおり、いかにこの「サローネ・トウキョウ」にエネルギーを注いでいるかというのが伝わってくる。以前横浜の「サローネ2007」を体験した際、樋口、永島両シェフが展開するガストロノミー的思考のイタリア料理の連続に呆然とし、その目的意識の高さに「サローネはすごい」とあちこちで口にしていたのも記憶に新しい。しかし両シェフは横浜から日比谷へと(樋口シェフは日本橋「ロットチェント」経由で)活躍の舞台を都心へと移し、さらに「ビオディナミコ」から高見シェフも加わった陣容は、ロケーション的にもマンパワー的にもおそらくは日本国内最高レベルのイタリア料理店であろう。 今回は昼の6皿からなるメニュー・デグスタツィオーネを試したが、その構成は3シェフがイタリアで体験し、蓄積した料理、知識、感覚のアウトプットである。シチリアからフリウリ、あるいはエミリア・ロマーニャと、料理は州境を超えて南から北へと南船北馬の旅を続けるがそれはすべて論理的思考に基づくもので理由のない組み合わせではない。いわば彼らのイタリア料理人としてアイデンティティを皿の上に投影したものであり、そうしたメッセージをひとつひとつひもときながら料理に向き合うのは五感以上に思考を刺激される、イタリア料理好きにはたまらない濃密かつ高尚な時間である。Vapore di polpo 2018 茹でタコ2018/シチリア
樋口シェフはシチリア・モンデッロの名店「バイバイ・ブルース」で働き、女性シェフ、パトリツィアとは今も親交があり来日時の料理フェアなどでは率先して手伝いに行く間柄だ。以前「サローネ2007」で会った際「シチリア美食の王国へ」をいかに隅から隅まで読んだか、という昔のエピソードを聞かせてもらったことがある。お互いの中に共通項がある人が作る料理とは、そうでない人の料理に比べると何倍も心に響く。 最初の前菜「茹でタコ2018/シチリア」とは樋口シェフのシチリア修行時代の思い出だ。モンデッロやさらにその先の海水浴場スフェラカヴァッロあたりでは海の家のようなトラットリアでシンプルに茹でただけのタコを食べさせてくれるのだがこれがなんとも美味しいのだ。柔らかく茹でたタコもあれば、軽く芯を残した場合もあるのだが、とにかくこれにレモンを絞って食べると、これ以上美味しいタコの食べ方はあろうか?としばし考え込みそうになるほどだ。しかしこの料理が運ばれてきても柔らかく煮込んだタコは見えない。肝心のタコはアサリの汁から作ったスプーマの下に隠れているのでこれをスプーンでひとくちで食べる。タコとアサリが一体となる感じは「サローネ2007」の定番だったアミューズ「A5和牛とジャガイモのピューレ」を思い出す。おそらくあの料理の進化形がシチリア的エッセンスを加えた茹でタコなのではないだろうか。Agnolotti con le sarde e lenticchie 鰯のアニョロッティ パスタコンサルデ
見た目はピエモンテのラヴィオリ「プリン」のようなアニョロッティだが、中に仕込んであるのはフィノッキエットをきかせたイワシ。サフランのソースにレンズ豆、そうこれはシチリアの定番料理「パスタ・コン・サルデ」のパスタの形態を変えた料理だ。しかし味わいはしっかりと懐かしきシチリア。スパゲッティを使った郷土料理の形態を変え、手打ちパスタで包み込んだものにはハインツ・ベックの代表作「カルボナーラのファゴッティーノ」があるが、これはそのパスタ・コン・サルデ版。一口であますことなくイワシの旨味を堪能できる。トッピングはフォルマッジョ・ラグサーノとローズマリー・オイル。Bresaola di cavallo e nuvola di frutti di bosco 馬肉のブレサオラと森のフルーツのヌーボラ
マシュマロ状のフランボワーズ、竹炭を使った雲のようなメレンゲ「ヌーボラ」の下には滑らかな馬肉を使ったブレサオラが隠されており、馬肉にフランボワーズの酸味がよくあう。アンチョビのクランブルも。Pappardelle alla Friulana フリウリ風パッパルデッレ ビゴール豚
卵を使ったパッパルデッレは北方らしくグラッパの泡と豚肉を包丁で粗みじん切りにしたラグー・ソースとリンゴのアグロドルチェ。松の実、ケイパーとミントというシチリア的エッセンスも加わっているが、これはフリウリ、シチリア(ピノ・クッタイア)で働いたという永島シェフの発想による南北融合パスタ。仕上げのチーズはリコッタ・アッフミカータ。Arrosto di manzo con pure di zucchina あか牛のアッロースト ズッキーニのピュレ
熊本の赤牛にはメロンのモスタルダ、ズッキーニとパン粉、オレガノ、焦がし小麦、トレビスのペースト、ズッキーニのピューレ。脂の少ない赤身肉をモスタルダの甘みや辛味、トレビスの苦味や焦がし小麦(グラーノ・アルソ)のスモーキーフレーバーなどとともに味わう。Tiramisù 白いティラミス
白いティラミスはこの日のハイライトだ。永島シェフが持ってきてくれたのは、銅鍋で練ったばかりの冷たいホワイト・テマスカルポーネ・クリーム。これをパイナップルのソテー、ポレンタ・カカオ・クッキー、白ワインゼリー、パッションフルーツ、ココナッツ・ジェラートなどの上に雪が積もるがごとくそっと丁寧にかけてくれる。さらに液体窒素で作ったと思われる冷たくさらさらの粉雪のような白いコーヒーパウダーをトッピング。冷たくて清廉な夏向きティラミスに仕上げたもの。酸味、甘み、さくさく感、なめらかさ、さまざまな味と温度、テクスチャーが一度に味わえる。「僕は雪国新潟の出身なので」と永島シェフ。非常に美しくてミニマル、ノスタルジックなすごいデザートだった。 「サローネ・トウキョウ」の料理はイタリア料理IQが非常に高い。それは歌留多取りや聞香などに似た知的なゲームで、料理の中や背後に隠されたメッセージをいかに読み解くか?で料理の楽しみは二倍にも三倍にもなる。とはいえ決して難解な禅問答ではなく、正解は料理が運ばれるや否や各シェフが教えてくれるのでご心配なく。 クリエイティヴ、とひとことでくくってしまうとあまりに陳腐だが、わたしは常々こうしたハイエンドなイタリア料理を日本で口にする際、イタリアを代表するパスタメーカー「フェリチェッティ」社長リッカルド・フェリチェッティが言った「日本のイタリア料理は郷土料理一辺倒でクリエイティヴィティがない」という言葉が胸に浮かんでくる。それはつまり基本のイタリア料理をマスターすれば日本人料理人はそれで満足してしまい、進化がないと言われているのとおなじことなのだ。 それはある意味事実でもある。しかしそこで胸を張ってフェリチェッティに推薦できるレストランはどこだ?と考えてみると、もちろん候補は何軒もあるが、「サローネ・トウキョウ」は確実にそのうちの1軒に入る。 「日本のイタリア料理のレベルは高い」とはイタリア本国でもマッシモ・ボットゥーラはじめ多くのシェフが普段から口にしていることだが、だからこそ日本を訪れる外国人旅行者には、和食ももちろんいいが日本のハイレベルなイタリア料理を試してほしい、と常々思っている。日本のイタリア料理はミシュランでもアジア50ベストでも評価が高いとは決していえないが、「サローネ・トウキョウ」はじめ気概あるイタリア料理店は、そうした現状を覆す東京発の新イタリア料理ムーブメントの一翼を担うことができるはずだ。 SALONE TOKYO salone.tokyo 東京都千代田区有楽町1-1-2 東京ミッドタウン日比谷 3F Tel03-6257-3017 無休SAPORITAをもっと見る
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