日本のイタリアンを旅する02 Heinz Beck 新シェフ カルミネの料理
昨年末をもってそれまでのシェフ、ジュゼッペ・モラーロがイタリアに帰国。現在故郷ナポリで開店準備中だが、新シェフに就任したカルミネ・アマランテの料理も一度試したいと思っていた。ここのところ日本帰国時には毎回一度は「ハインツ・ベック」を訪れているが今回は昨年11月「ロッシーニ・ディナー」以来8ケ月ぶり。ジュゼッペの時代は準ヴィーガンともいえるような野菜、特に根菜などを中心に旨味を引き出、十数品作り出すその構成力に溜息、驚嘆したものだが、果たしてカルミネの料理はどのようなものなのか?もちろん根底にあるのはローマ3つ星「ラ・ペルゴラ」ハインツ・ベックの料理哲学であることは間違いないが、世界で唯一「ハインツ・ベック」の名前を冠した日本店はローマの味そのものではなく、日本の食材や技法を生かした、日本でしか食べられないハインツ・ベックの料理のはずだ。それはハインツ・ベック本人が、もちろんカルミネ自身も日本の食材の豊かさには一目置き、従来のハインツ・ベックの料理の世界からさらに枠を広げてくれているからに違いない。この夜のMenu Degustazione本日の厳選メニューは12品+@という構成。料理はこんな風に始まった。Amuse bouche アミューズ・ブーシュ
日比谷通りから皇居へと至る江戸城東の要所、和田倉門の堀を見下ろす角のテーブルにつくとまずは3種類のアミューズ・ブーシュが運ばれて来た。まずメタリックな器で登場したのは、3時間低温調理して柔らかく火を入れたあわび、ヨモギとマンゴー、マヨネーズのソース。江戸前鮨の煮アワビのような極上の肉質。これにヨモギの苦味とマンゴーの甘みとほのかな酸味、そして自家製マヨネーズで脂質を加えて複雑味を出してある。もうひとつはエゴマの歯に包んだカンパチのマリネ、そしてナポリ風ゼッポレのような一口サイズのチーズ風味のミニドーナッツ。
「よくカルミネがハインツ・シェフとメニュー構成について電話で話してるのを耳にするんですが、意外に思える食材の名前をあげるだけでお互いの中には共通の味のイメージがわくようです」とサービスの三浦春悦氏。確かにアワビとマンゴー、さらにヨモギという組み合わせはなかなか思いつかないが、たとえ東京〜ローマと距離は離れていてもお互いの中には味覚の共通認識があるのだろう。それは音楽家同士が初見でいきなりハーモニーを奏でられるような、五感を超えた部分での会話というものがあるのかもしれない。Ricci di mare con prosciutto e granita di melone cantalupo 雲丹 生ハムとカンタロープメロンのグラニータ
イタリアを代表する夏の前菜の定番生ハムとメロン。しかしこれは24ケ月熟成プロシュットを冷たいブロードにし、メロンはかき氷グラニータにと、それぞれ個体を液体にしてそのエキスだけ抽出したもの。そこにこれまた高級寿司屋ネタである、厚岸浜中小川のエゾバフンウニをトッピング。ウニとメロンという異なる甘みにプロシュットのほのかな旨味と塩味。そしてアクセントを加える海ぶどう。Capesanta marinata con zucca korinchi e mandorla 帆立貝 コリンキーとアーモンド
続く冷たい前菜は北海道のホタテをセビッチェ・ソースで軽くマリネし、アーモンド・ミルクの泡と生のコリンキーカボチャを添えたもの。柔らかく濃密な旨味の帆立には、ヴィーガン食材として最近人気が高いアーモンド・ミルクのコクがあう。Calamaro ripieno di ama-ebi su infuso di akaza-ebi tostati con cime di rapa 甘エビを詰めたイカのリピエーノ トーストした赤座海老のスープ チーマ・ディ・ラーパ
エビマヨサンド?と思うようなビジュアルは甘エビをヤリイカでサンドイッチ状にしたもの。赤座海老からとったコクのあるソースはやや粘度があり、クリスピーなトサカノリ、ブロッコリに似たチーマ・ディ・ラーパで赤白緑のトレコローリに。イカの表面にも細かい仕事がしてある。Caramelle di melanzane mantecate con acqua di pomodoro e frutti di mare 茄子を詰めたパスタカラメッレ トマトウォーターと海の幸
クリエイティヴなイタリア料理店において、前菜に関しては食材も調理法もプレゼンテーョンも自由自在で至極リベラルだが、ことパスタに関してはアンタッチャブルの領域で基本的には伝統的手法を踏襲している場合が多い。それはパスタがイタリア料理におけるアイデンティティ=存在証明であり、パスタのないコースはありえないからだ。「ハインツ・ベック」においてもパスタはやはりアンタッチャブルの領域だ。ナスを詰めたキャラメルの包み型の形をしたカラメッレ、トマトをまわして濾し、そのしずくのみを集めた透明の液体アックア・ディ・ポモドーロ=トマト・ウォーターの酸味で味をしめ、丁寧に火入れして掃除したアサリをトッピング。非常に滑らかなテクスチャーのパスタ生地。Fagotelli Heinz Beck ハインツ・ベックのファゴテッリ
本来はコースメニュー外だったのだが、カルメロとこのパスタについて話していたらサプライズで登場したのがハインツ・ベックのシグネチャー・ディッシュ「ハインツ・ベックのファゴテッリ」。これは中にカルボナーラ・ソースを包み込んだ手打ちパスタで、食べ進むうちに卵が乾いてくるのをどうにかしたくて、とハインツ・ベックが改良、考案したものだ。パスタ生地は薄く滑らかだが、ソースを包んでも破けないぎりぎりの薄さを追求している。カルボナーラというのはおそらく世界で最も作られ、食されているパスタのひとつだがとかく重くヘビーになりがちで、これを軽量化することはいまやイタリア料理におけるスタンダードともいえる。また、卵という食材が持つポテンシャルの高さに地元ローマはじめ多くのシェフがオリジナルのカルボナーラに取り組んでいるが、やはりハインツ・ベックのファゴテッリは別格。ボットゥーラの「パルミジャーノのトルテッリーニ」が世界一で一番美味しいトルテッリーニならば、「ハインツ・ベックのファゴテッリ」は世界で一番美味しいカルボナーラではないかと思う。Risotto con funghi リゾット 茸
食事のはじめに今夜の食材が登場した際、ポルチーニ茸に似たヤマドリダケモドキ、京都産松茸、特大の天然マイタケなどを持って来てくれたのだが、それがリゾットとなって登場した。山の幸から出たエキスを米に十分吸わせ、トッピングは細かく切り込みを入れ、ソテーした松茸。リゾットに関してはやはりイタリア人が作るものに一日の長がある、といつも思う。日本のうるち米と比較するとよくわかるが、リゾット用の米はかなり小さい。これは米=新米自らの水分を味わう日本的調理法ではなく、通常1年ないし2年寝かせて水分を飛ばし、味を吸わせる調理法のためだ。通常はカルナローリ種を使用することが多いが、この極小感はあるいはヴィアローネ・ナノ種か?Granchio con verdure, salsa codium 毛蟹と野菜 海松の香り
蒸した北海道産毛ガニを丁寧にほぐし、生姜やマジョラムとマリネ、人参やズッキーニなどの野菜と海松=コディウムという海藻とともに。Pesce con purea di zucchine, polvere di erbe e salsa zafferano 鮮魚 ズッキーニのピュレ 香草のパウダーとサフランのソース
この日の魚は尾長鯛。そのフィレを皮目をカリカリにソテーし、大分産サフランのソースとズッキーニを甘酸っぱくマリネしたエスカヴェーチエ、ハーブを液体窒素で凍らせたパウダー。Petto di piccione, ciliegia e topinambur 鳩 さくらんぼ 菊芋
これは鳩を丸ごと一匹ローストし、取り分けてくれた。血が滴る様だが、決して滴らない完璧な火入れの胸肉にはさくらんぼのあまずっぱいソース。トピナンブール=菊芋のさくさくした食感をアクセントに。Wagyu “HIDA” con sedano rapa alla spezie e lattughino 飛騨牛フィレ肉 スパイス風味の根セロリ ミニレタス
メインの肉料理は飛騨牛のステーキ。過度な脂はハインツ・ベックがこのまないためこれはあえてA4ランク。フィレとはいえほのかに脂が入った柔らかく、シルキーな質感。ソースはスパイシーでコクのあるセロリアックとミニレタスのグリル。スペイン料理でいうコゴジョ。“Ananas” 石垣島パイナップル、Pesca e Amaretto 桃とアマレット
デザートは2種。石垣島のパイナップルを使い、ジェラートやジュレ、パウダーなどさまざまなテクスチャーに変化させたトロピカルな夏のデザート。葉は抹茶で描いてある。もうひとつは桃のジェラートと液体窒素で作ったフレーク。 ジュゼッペの時もそうだったが、新シェフ・カルミネはより日本の食材を前面に出し、イタリア料理との融合を模索、提案している。ウニ、毛蟹、松茸、アワビといった最高食材やカンパチ、オナガダイといった日本の魚、数多くの野菜はもちろん、日本の南端石垣島のパイナップルまで使用。日本の食材に関する意欲とリスペクトが非常に高く、そうした試みはことごとく成功しているのではないだろうか。よく料理において季節の食材を尊重、あるいは季節感を重視する、という表現を耳にするが、世界では食材に季節感のない国のほうが圧倒的に多いのだ。 そうした目線で俯瞰してみるとやはり料理の世界において日本とイタリア、そしてフランスやスペインなどの国々は圧倒的にアドバンテージがある。「日本料理とイタリア料理は食材重視という点でよく似ている。フランス料理と中国料理はどちらもエゴが強いため強いソースで素材を隠してしまいがちだ」とはボットゥーラの言葉だが、素材重視という共通項で理解し合えるのが日本とイタリアだと思う。日本の高級イタリア料理店にアジアからもっと多くの人に食べに来てもらい、もっと評価してもらいたい、とはいつも考えていることだが、日本でしか食べられない日本発のハインツ・ベック料理こそ日本人は無論のこと、多くの外国人に試してもらい、日本食材のポテンシャルの高さを味わってもらいたい、と思う。Heinz Beck ハインツ・ベック www.heinzbeck.jp 東京都千代田区丸の内1-1-3 日本生命丸の内ガーデンタワー M2F TEL.03-3284-0030 ランチ 11:30~15:00(L.O 13:30) ディナー 17:30~23:00(L.O 20:00)
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