日本のイタリアンを旅する05 温故知新のアンティカ・オステリア・デル・ポンテ
「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」はグアルティエロ・マルケージに続き、1990年にイタリア史上2番目の3つ星に輝いた名店である。シェフ、エツィオ・サンティンは1976年にミラノ郊外カシネッタ・ディ・ルガニャーノの橋のたもとの古い料理旅館を買取り、レストラン経営をはじめた。この時すでに39才、遅咲きの料理人だが90年代にはマルケージと並んでイタリアのアルタ・クチーナを牽引したエポック・メイキングなシェフだ。2016年末にマルケージがこの世を去った際には偉大な料理人に敬意を表しミラノで大々的な葬儀が行われたが、その場にはサンティン氏の姿もあった。 丸の内に日本店がオープンする時、縁あって何度も「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」をたずね、撮影やインタビューなど、のちに日本店のエグゼクティヴ・シェフとなるステファノ・デル・モーロとよく旅をしたことは今も楽しい記憶だ。のちにサンティン氏は引退して店を譲渡、それは古き良きイタリア料理興隆期の終焉を物語る悲しいできごとのひとつだった。現在もカシネッタ・ディ・ルガニャーノの橋のたもとには昔の面影のまま「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」が残っているが、その料理はかつて一斉を風靡した3つ星時代のものではない。つまりかつてエツィオ・サンティンが創り上げ、3つ星にまで上り詰めた「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」の料理が食べられるのは世界広しとはいえ、現在この東京店だけなのである。昨年それこそオープニング以来十数年ぶりに「追悼マルケージの会」でステファノに会ったこともあり、久しぶりの東京店への再訪を約束したのだった。 「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」は丸の内の夜景を見下ろす丸ビル36Fにある。この夜窓際の席に着くと、挨拶に来てくれたのはどこかで会った記憶のあるイタリア人ベテラン・サービスマン。誰だったか、と記憶の中をさぐっていると向こうから「以前ハインツ・ベックでお会いしました」と教えてくれた。「銀座サバティーニ」「六本木ヒルズサドレル」「ハインツ・ベック」などすでに数十年間日本のイタリア料理界でサービスに従事し、同じ「銀座サバティーニ」のプリモ・トンバ氏、「ブルガリ イル リストランテ ルカ・ファンティン」のマッシモ・フィリッピーニ氏、「資生堂ファロ」のレナート・ディサーロ氏らと並ぶ東京イタリア料理史を知る重鎮のひとりジャンルイジ・アポッローニ氏だった。ベテランのイタリア人サービスマンは日本人だけでは出しきれない、店の風格を醸し出す重要なファクターである。品格に満ちた「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」の料理はこんな風に始まった。Amuse: Gelatina di caponata ジェラティーナカポナータ
ナスやトマト、パプリカなどを使ったシチリア風野菜料理カポナータをゼラチンで固め、冷たい一口サイズにしたスプーン料理。マイクロバジリコの香りも爽やかで、夏のイタリア料理、という雰囲気。Terrina di foie gras d’anatra con gelatina di Porto フランス産、鴨のフォアグラを使用したテリーヌ ポルト酒のゼリーを添えて
フォワグラと甘いビスコッティのクランブル、ポルトワイン・ソースのゼラチン、イチジク、EVOも美味しい。ヌーヴェル・キュイジーヌの残滓を感じる90年代風料理。Cappesante grigliate con lardo di Colonnata, insalata di peperoni, cetrioli e pomodoro confit ラルド・コロンナータを巻いた帆立貝のグリル パプリカとキューリ、トマトコンフィのサラダを添えて
帆立のソテーにトマトのソース、きゅうり、人参、ラルド・ディ・コロンナータ、サフラン。Pipe rigate dei faina di grano duro del Feudo Mondello salsa alle verdure d’estate,burrata ショートパスタ“ピペ リガーテ”の夏野菜ソース プーリア産ブラータチーズと共に
夏野菜とナスのピューレのピーペ、グラーナ・シチリアーナ、ブッラータ、ペコリーノで仕上げたシチリア風パスタ。ペペローニのような、あるいはトマトソース+チーズ、の風味とトマトの酸味が心地よくこれも夏向き地中海的パスタ。Tortelli di aragosta, scampi e salsa di gamberi トルテッリ、伊勢海老、スカンピ、エビのソース
クラシックなアルタ・クチーナを思わせる海老を使ったパスタ。
Filetti di sogliola farciti con pure di olive taggiasche e serviti con una crema di cipolle bianche e olio al prezzemolo 愛知県蒲郡産舌平目のファルシ タジャスカオリーブと淡路産玉ねぎのクレーマ
舌平目のファルチート、詰め物はタッジャスカ種のオリーヴ、淡島産玉ねぎのソース、やや酸味があるプレッツェーモロのサルサ・ヴェルデ、脂があり、柔らかくてシチリアで食べる太刀魚のインヴォルティーニを思わせる舌平目。Lombata di vitello da latte italiano con salsa al ginepro e agrumi イタリア産乳飲み仔牛 ジュニパーベリーと柑橘類のソース
イタリア産子牛肉に軽く火を通したスコッタータ。芯はロゼ色、やや濃厚でピリ辛なジネープロ(ねずの実)のソース、ややピリ辛?野菜は水ナス、タラゴン、ディル、タピオカ。Formaggio di capra, lampone e cioccolato bianco Gelato di caffe, banana al pernot, caramellata di liquirizia e mela verde
長野産ヤギのチーズ、ラズベリー、ホワイトチョコ コーヒー・ジェラート、ペルノー風味のバナナ、リコリスのカラメリゼ、青リンゴ
「料理を作るときはいつもサンティン・シェフの顔を思い浮かべています」というのは、この夜ステファノに変わって厨房を指揮した當間シェフ。料理はあくまでもクラシックな90年代のアルタ・クチーナであり、現代風ガストロノミー要素を追求するよりも、かつてサンティン氏が追い求めた、ヌーヴェル・キュイジーヌからヌオーヴァ・クチーナ・イタリアーナへと変遷しつつあった時代の料理を追求し、再現することに傾注しているように思えた。それは現代イタリア料理を創り上げた巨人の一人であるサンティン氏への限りないリスペクトであり、いまは味わえない90年代の3つ星料理をいまこうして東京で味わえるというのはオールド・イタリア料理ファンのみならず、多くのイタリア料理愛好家にとっては限りない喜びだろう。おそらくこの夜テーブルを埋めていた若いカップルはサンティン氏のことは知らないのかもしれないが、それでもイタリアから東京へと場所は変われど一斉を風靡したイタリア料理が若い世代へと食べ継がれてゆくのはサンティン氏ならずとも、思わず笑みが溢れる光景ではないかと思う。温故知新、というのは口にするのはたやすいが、こうしたイタリア料理史を代表するグラン・メゾンで体験するひとときは、ここ30年の近代イタリア料理史の教科書をひもとくようで、とても心地よいひとときだった。 「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」で特筆すべきはワイン・ペアリングで、自ら直輸入しているレア・ワインも素晴らしかった。オルトレポー・パヴェーゼのピノ・ネロのスパークリング、直輸入のトレンティーノのゲビュルツ・トラミネールは薔薇の香りミネラル感たっぷり。スキンコンタクトして作るヴェルメンティーノのオレンジ色のスプマンテはドライな味わい。年間3000本しか作らないシチリアのビオ・グリッロ。ピエモンテのシャルドネ2007、バリック、香りはガイヤレイ、味わいはドライ。日本初輸入の偉大なピエモンテのピノネロ2011。最後のノニーノのグラッパまでいずれも硬軟取り揃えたラインナップで、サンティン氏も満足する充実したペアリングだ。Antica Osteria del Ponte アンティカ・オステリア・デル・ポンテ www.anticaosteriadelponte.jp 東京都千代田区丸の内2-4-1丸の内ビルディング36F Tel03-5220-4686
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