日本のイタリアンを旅する06 資生堂ファロのヴィーガン・メニュー
ヴィーガン、とは1944年イギリスに設立されたヴィーガン協会によって作られた言葉だ。肉や魚の摂取しない菜食主義=ヴェジタリアンとは異なり、ヴィーガン主義=ヴィーガニズムは「人間とは動物を搾取せずに生きるべき」という教義に基づく。ヴィーガンの中でも極力野菜などを生で摂取するのローヴィーガンから、食事の中で動物製品を拒否するダイエタリー・ヴィーガン、そして究極系は身に付けるものも全て動物性を拒否する、つまり靴もバッグも皮革製品は身につけないエシカル・ヴィーガンまでさまざまな。イタリアでも近年特にヴィーガン・レストランも多く、街中を歩いていても日常的に「ヴィーガン」という文字をみかけるようになり、「グルテンフリー」と並ぶ現代イタリア料理界において重要なキーワードのひとつでもある。 日本の場合、動物の殺生を禁じるという観点から精進料理も日本固有のヴィーガニズムであるともいえる。しかし来年の東京オリンピックを期に、来日する外国人客でヴィーガン料理を所望する人も相当数増えることが予想され、ホテルのコンシェルジェに「東京でどこかいいヴィーガン・レストランはないかしら?」と質問するケースも増えているようだ。 銀座資生堂「ファロ」の能田耕太郎シェフは、日本のイタリア料理界でいちはやくヴィーガンに真剣に取り組んだ料理人であり、ランチ、ディナーともに常時ヴィーガン・メニューを用意している。日本ではまだ、ファイニンダイニングの世界でそれなりの金額を払うのに、ヴィーガンでは物足りないのではないか?という考えもあるかもしれないが、ヴィーガン料理とは単に野菜をひたすら生で食べる生食主義=ローヴィーガンとは異なり、様々な素材を高度な調理技術を駆使していかに飽きさせずに食べさせるか?つまり限定された食材の中でいかに料理メニューを組み立てるかという難解な命題なのだ。しかしそれはこれからの社会を考えた際、思想的なことは抜きにしても料理人ならば一度は真剣に取り組むべき課題ではないかと思う。過日「ファロ」で試したヴィーガン・メニューはこのような内容だった。最初に登場したのは、冷たい銀の器に盛られたフィンガーフード。チアシード、スイスチャード、ビーツ、ドライトマトと松の実のペースト、そして一輪ずつのさまざまなエディブルフラワー。これにバルサミコとかりんのヴィネガーの酸味で味を整える。面白いことに香りはケチャップ。これは本日のメニューにおいてどのような食材を使うのかを示した、食材リスト代わりのアミューズだ。これにあわせる日本酒は伏見の松本酒造が作る「リッシモ Rissimo」。これは米=Risoの最上級を意味する造語で、特A地区の山田錦のクローンで作る純米酒で、ふくよかな米の香り。笹の香りもある。
ほうれん草と大根のピューレを、エゴ海苔をアガルアガル代わりに使用、ゼリー状に固めたもの。野菜が多くなるとどうしてもテクスチャーが単調になりがちだが、さまざな食感で楽しませてくれる。
ローストしたスイカをかんずりでマリネし、赤紫蘇で巻いたゼリーのような、甘くて辛いフィンガーフード。どこかカラブリアのンドイヤに似たの味。もうひとつはとうもろこしのヒゲからとったコンソメのゼリー。これはゆるめのポレンタか。野菜だけだと満足感、満腹感が得にくいが、スイカとトウモロコシ、という日本の夏を代表する甘み=糖分をコースの中に時折差し込むことで満足感も高まる。ペアリングは Moziaで作るTasca d’AlmeritaのGrillo2017とノンアルコールで、ランタナの花とハーブのドリンク。
枝豆とウイキョウの花を、モロヘイヤの豆乳とトマトのエッセンスのゼリーで固めた冷たい料理。枝豆もまた日本の夏を代表する食材。豆乳と愛称がよく、トマトを裏ごししたアックア・ディ・ポモドーロの香り、酸味とよくあう。フェンネルの花の香りが加わるとするとシチリア料理のマッコ・ディ・ファーヴェを思い出す。 超薄切りズッキーニのカルパッチョは、ミケランジェロがデザインしたローマのカンピドリオ広場を思い起こさせるデザイン。これには液体窒素で一粒一粒凍らせたピンクグレープフルーツのトッピング。水彩画のような儚い濃淡も去ることながら、味付けも最小限のミニマルなヴィーガン・カルパッチョ。 ここからひとさらのボリュームがややアップ。これは植物性のコンソメを重ね塗りしたナスのオーブン焼き。凝縮感のあるドライトマト、と清涼なバジリコ。シチリアの味。ワインはCantina TraminのピノグリージョUNTEREBNER 2016 これは大和当帰という奈良の野草を素揚げにし、クロレラとタピオカを練りこんだパスタとあわせた料理。大和当帰はセリやみつばに似た香りで、食感は大葉の素揚げ。これをくずしながらパスタとあえて食べる。パスタにはタピオカで独特の食感をプラス、タリエリーニ状にしてあり、はかない柔らかさが大和当帰とよくあう。アーモンドミルク、アプリコットシードオイル、ビーツのリゾット。カプチーノのミルク・フォームに見えるのはアーモンド・ミルクでその下にはビーツと西京味噌を隠し味にしたリゾットが隠されている。パルミジャーノを使わずに旨味とコクを出すため、西京味噌を選んだと能田シェフ。米は新潟県産のカルナローリ。ワインはCa’ Viola Langhe DOC Riesling 2016
ブルスケッタ、あるいはフリセッレ風にパンとトマト、バジリコの組み合わせ。紫キャベツのグリルを添えて。メニューの中盤から後半にかけては満足感を与えるためでんぷん質、糖質が増えてくるようだ。ワインはDamiano Ciolli, Cesanese Superiore SIRENE 2016 パン包み焼きの兼六イモ。幻のサツマイモと呼ばれる、甘みの強い兼六イモをカレー粉やハーブソルトで食べる。これが本日のヴィーガン・コースのメインディッシュ。テクスチャーもボリュームも非常に満足感がある。あわせたのはLa GerlaのBrunello di Montalcino 2013 イモにブルネッロ、これが意外にもよくあう。 豆乳から作ったヴィーガン・チーズ各種。ヴィナッチャやカレー粉など。甘口ワイン、CapicheraのVendemmia Tardiva 2007をお供に。プレ・デセール3種。メレンゲではなく、お米と豆乳で作った純白のドルチェは。ウォーターオンザロックと呼ばれる佐渡の海洋深層水にバラのシロップを加えた冷たいゼリー。「お米の未来」というドルチェはザクロを使った赤いジュレ。
ヴィーガン・コースのハイライトはパティシエ加藤峰子の「花のトルタ」だろう。50種類ほどの派やなハーブを使ったトルタは鳥肌ものだ。口に含めば野山に足を踏み入れたかのような、無限の香りが溢れ出す。普段はマスカルポーネチーズと蜂蜜のクリームだが、これはヴィーガン・バージョンなのでクリームには豆腐とメープルシロップを使ってある。最後に求肥、ブラックベリー、ガナッシュを詰めたファロ最中。
最後にこの日の食材リストを一覧にしておくことにする。日本の里山を、森を、林を駆け回って集めたような食材の数々は、日本というテロワールを強く意識したメイド・イン・ジャパンのファロ・ヴィーガンの象徴だ。赤軸ほうれん草、アガベシュガー、E.V.O.、ヴァニラ、エゴノリ、エシャロット、オレガノ、カリンビネガー、かんずり、カシューナッツ、上樫森きび糖、ガラムマサラ、海洋深層水、キャラウェイ、切干し大根、クミン、クレソン、クロレラ、兼六芋、昆布、麹、コーンフラワー、西京白味噌、ザクロ、紫蘇、自家酵母、シチリアノートアーモンド、白いダイヤ(塩)、じゃが芋、スイカ、ズッキーニ、スイスチャード、セルフィーユ、タイム、玉葱、だだちゃ豆、チアシード、ディル、甜菜糖、とうもろこし、豆乳、トマト、茄子、唐辛子、ナスタチウム、新潟コシヒカリ、にんにく、バジル、バラ、バルサミコ酢、ビーツ、ヒバーチ、ひよこ豆、ヒメジオン、フェンネル、プラム、ベジタブルゼラチン、前田農産キタノカオリ、松の実、ミント、森野吉野本葛、モロヘイヤ、大和当帰、ヤブガラシ、ユリ、レモン、ローズマリー 山口農園(奈良県)赤紫蘇、アカツメクサ、アップルミント、イワタバコ、オオキンケイギク、オニユリ、オレガノ、キャットミント、キンギョソウ、クチナシ、クサギ、月桂樹、山搬、生萎、セリ、ハッカ、パンジー、ヒメオウギ、スイセン、ヒメジオン、フェンネル、フジバガマベニバナ、ペパーミント、ムクゲ、紅葉、ヤブショウガ、ヤマイモツル、大和当帰、ヤマハッカ、ヨモギ、レモンバーム、和ハツカ
SAPORITAをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。