日本のイタリアンを旅する07 東北の雄 オステリア・ダ・サスィーノ
古い旅の記録を読み直してみたら、弘前の「オステリア・ダ・サスィーノ」に行くのは2007年以来12年ぶりだった。ササくんこと笹森通彰シェフとはじめて会ったのは、彼がカターニアの「イル・クチニエレ」でカルメロ・キアラモンテと働いていた2002年12月。カターニアのペスケリア市場を一緒に回ったこともある。その後笹森通彰シェフが日本に帰国、故郷の弘前にレストランを開いた後の活躍はいうまでもないだろう。自給自足のスタイルで野菜やハーブだけでなくチーズ、生ハムなどのサルーミ、そしていまはワイン作りに力を入れている。そんな笹森通彰シェフの現在の仕事と食材への考えを聞いたロング・インタビューはまた別の場所で公開することになるので、興味がある方はそちらを楽しみにお待ちいただきたい。ここでは料理の話だけに限る。 自宅裏の畑を案内してもらい自家製の野菜やハーブを口にすると、なんと清廉で味がはっきりしていることか。ルーコラ・セルヴァティカは苦くて荒々しく、ミントを一度口に含んだらその香りはしばらく消えない。自分で野菜やハーブを育てる、とは言うは安いが行うは難し。以前日本某所でイタリア野菜の生産者を訪ねた際、なんとも味のないハーブと野菜に閉口したものだが、それは自分が作る野菜の着地点が分かっていないからに違いなかった。 笹森通彰シェフが自分で作る野菜やハーブは自分が欲しい味であり、畑で口にした途端それをどう料理に使うのかひらめくのだろう。福岡でイタリア野菜を作るシルヴィオ・カランナンテもそうだが、料理人が自分で野菜を作るのはそうでない人が作るよりも圧倒的に有利である。 イタリアではエンリコ・クリッパやニコ・ロミートといった3つ星シェフも自分で野菜を作っているし、南イタリア初の3つ星、ドン・アルフォンソことアルフォンソ・イアッカリーノはいち早く自家菜園を取り入れた料理人だった。それは都会のレストランではなく、地方でしかできない大きなアドバンテージであり、パックに入ったハーブや野菜とは全く異なるその味は現地で体験するしかない。いまイタリアでもそうしたレストランを求めて旅するフード・エクスペリエンスは非常に盛んだが、日本のイタリア料理界において、OPEN当初から地産地消を実践する笹森通彰シェフはそのパイオニアの一人だと思う。 現在「オステリア・ダ・サスィーノ」のメニューは12,000円のメニュー1本でディナーのみの営業。野菜もチーズもワインも自分で管理しているだけにいかに無理をしないか、サステイナビリティ=持続可能性、という仕事のスタイルであり、おまかせメニューのみというのは食材の無駄を出さないことにつながる。この夜の「オステリア・ダ・サスィーノ」の料理はこんな内容だった。

黒豚のカポコッロ、鴨胸肉、黒豚の皮付き生ハム、あんぽ柿

黒豚の肩肉から作ったカポコッロと皮付きの生ハム、鴨胸肉の塩漬けはいずれも自家製、買ったものではない。パルマあたりのレストランならば自家製のサルーミを少しづつ食べさせてくれるところもあるがなんという贅沢。甘いあんぽ柿のマルメラータがまたよくあう。彩りとして添えてあるなにげない野菜が実に美味しい。

ブッラティーナ、ミニトマト、トマトのジュレ、黒オリーブのフレーク

ジャージー牛から作る自家製のブッラティーナに自家菜園のミニトマトと酸味が際立つトマトのジュレとバジリコ、黒オリーブのフレーク。組み合わせはトラディショナルなカプレーゼだが、なぜこの組み合わせが永世定番であり、イタリアで長年食べられているのかあらためて分かった気がする。それぞれ新鮮かつ極上ならば見事なハーモニーを奏でる。

マグロとカラスミ、ナスタチウムの蕾の酢漬け、フェンネルの蕾

青森産のホンマグロにボッタルガはシチリア産。以前は自分でマグロのボッタルガを作っていたこともあったが、現在は産卵期のマグロは釣らない。なのでシチリア産を使うとのこと。ナスタチウムの蕾の塩漬けはケイパーを思わせ、ほんのわずかでも香り高いフェンネルの葉の組み合わせ、シチリアの味。

野菜いろいろとバーニャカウダの泡

ルーコラ・セルヴァティカ、ズッキーニ、ナスタチウムなど自家菜園の野菜を少しづつ。泡はバーニャカウダ。野菜が美味しいからこそできる料理であり、自家製だからこそ意味がある。

シャモロックレバーとブリオッシュ、大鰐のビーツと蜂が集めた花粉、ブリオッシュ

甘いブリオッシュ生地にシャモロック・レバーの組み合わせはクロスティーノ・トスカーノを思わせる。笹森通彰シェフはかつてキャンティにある「キアッソ・デイ・ポルティチ」や「アルノルフォ」で働いていたことがある。料理人が歩んできた道を思い出させせる料理はいつもノスタルジックだ。

生イカとウニ、冷製スパゲッティ、ナスのピューレ

以前笹森通彰シェフはこんな話をしてくれたことがある。「現地の人は美味しい食材の美味しい食べ方をよく知っている。それをイタリア料理として美味しく食べてもらうのが難しい」と。ウニやイカなどはその典型例だろう。地元ならば寿司、刺身にまさるものはないのかもしれないが、そこはやはりイタリア料理のフィルターを通す。海の底から今上がってきたような冷たいウニのパスタに、わずかなトマトの酸味がよくあう。冷たいナスのピューレも夏のシチリアの味。

アスパラと自家製パンチェッタのトルテッリ、黒トリュフ、卵黄

以前伺った時は、自分で育てた烏骨鶏の卵を使った手打ちパスタを食べさせてもらったがその烏骨鶏たちは動物にやられてしまったという。自家製のパンチェッタを使った卵黄ソース、カルボナーラ風のトルテッリ。  

アマダイの鱗焼き

ウロコまでしっかりと火を入れ、カリカリに仕上げたシンプルな味付けのアマダイ。そしてまた野菜が実に美味しい、「オステリア・ダ・サスィーノ」の野菜は単なる彩りではない。

40日熟成の北里牛、熟成黒にんにく

国産グラスフェッド・ビーフの北里牛は冷蔵庫で40日熟成させてある。滑らかだがまだまだフレッシュな肉質。青森特産の黒にんにくを熟成させたものをソース代わりに。エシャロットも隠し味か。写真は無いが、この後は自家製のチーズ。ブラックペッパーのセミハード・タイプ、コリアンダーシード、ハード・プレーン、秀逸はネッビオーロのヴィナッチャ。つまり絞りかすで漬け込んだヴィナッチャネッビオーロ、サフラン、白神山地の栗の蜂蜜とともに。

エスプレッソのジェラート

ドルチェにはアップルブランデーを仕上げにかけて味わう。マスカルポーネと烏骨鶏卵のティラミスもよかった。ココナッツのパンナコッタとパイナップルのスープ仕立て、フェンネルのジェラート、薄焼きアマレッティも。 「オステリア・ダ・サスィーノ」を訪れたら是非試したいのが自家製ワイン。岩木山を臨む畑で育てた葡萄から作られたワインは弘前のテロワールそのものを表現している。弘前のリンゴから作るアポーワインは上質なシードル。シャルドネとマルヴァジアで作る「サスィーノ・ビアンコ」2017は辛口でシャープ。アルマティック品種のマルヴァジアでドライに作ったため、シチリアのYRNMを思わせる独特の香り。「ネッビオーロ2016」「ネッビオーロ2017」ブルゴーニュタイプ、しっとりとしてチャーミング。「バルベラ2017」色は濃いが酸がしっかりしていてフレッシュ感がある。野菜にチーズに生ハム、ワイン。あと足りないのは泊まるところぐらいだね、と笹森通彰シェフに言ったら「それはまたおいおいに」と真面目な顔で答えてくれた。 dasasino.com  

SAPORITAをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。