イタリアと中国のハイブリッド料理「セリカ」の実力
「セリカ」は昨年ミラノにOPENした、中国料理とイタリア料理の融合を目指すレストランだ。上海近郊出身のシェフ、チャン・リウはコペンハーゲンのNOMAやミラノのTOKUYOSHIなどでキャリアを重ね、2016年のサンペレグリノ・ヤングシェフ決勝大会には中国代表として出場している。イタリアで活躍する日本人シェフには徳吉洋二や能田耕太郎がいるがイタリア料理の世界で勝負する中国人シェフはいまだかつていなかった。チャンの挑戦はミラノのファインダイニング界でも注目されており、この夜伺った際にも右のテーブルにはOADレストランランキングの会長が、左のテーブルにはロシア人女性のフードブロガーが座っており、どちらもイタリアで現在注目すべきレストランの話をしていた。そうした感度が高い人たちにとって「セリカ」は一度試すべき価値があるレストランなのであろう。ちなみに「セリカ」とは古代ローマ人が呼んだ中国の名称であり、当時の重要な交易品出会った絹=Setaに由来するといわれている。チャンが目指すのは中国とイタリアをひとつの線で結び、シルクロードを遡りながらガストロノミーを表現する、ハイブリッド料理だ。

アミューズ4種 Lattuga romana con formaggio e noce caramellato, chips di polenta mediterranea, uovo di quaglia al te oolong, involtini di primavera con pomodoro, mozzarella e basilico

最初に登場したのはローメンレタスとクリームチーズ、くるみの飴がけ中華風。ポレンタのチップスはトマトとオレガノという地中海的なソースで食べる南北の融合。うずらの卵を烏龍茶に浸けこんだ料理は日本人には馴染み深い、しかしおそらくイタリア人には遠いオリエンテを想像させるような香織だ。トマトとモッツァレッラを包んで揚げた春巻きは中国と南イタリアを融合させたインヴォルティーノ。添えられたバジリコとともに食べると食感は中華、しかし味は実にイタリア的なのだ。

油条とカポナータ、ジェノベーゼ Youtiao con salsa caponata e genovese

中華粥に添えられる油条をパン代わりにしてカポナータ、ジェノヴェーゼという2種のディップとともに食べる料理。油条はかりかりのさくさく。今まで誰もやらなかった新しい試みだが、ピッツァ・フリッタのようでどちらにもよくあう。

トリッパの包子 Ban di trippa

イタリアではバンズ、と呼ばれている一口サイズの包子の中身はなんとトリッパ。トマトとパルミジャーノで煮込んであり、プレゼンテーョンは中国風でも味わいはしっかりイタリア料理、というのがチャンが提案する料理のスタイルなのだろう。なにより中国料理の基本がしっかりしているだけに包子、春巻き、油条といった点心をイタリア的エッセンスと自由自在に組み合わせるその懐の深さに思わずうなった。

帆立、セロリ、トンナートソース、キャビア、XO醬 Capesanta, sedano, caviale con salsa tonnato e XO jiang

チャンは中国的調味料や香辛料を全ての料理に使っているわけではないが、時折登場する中国エッセンスにはっとさせられる。軽く火を入れたホタテには薄切りのセロリのマリネでしゃきしゃき感をプラスし、キャビアとホタテの貝柱を使ったXO醬との相性もいい。そしてヴィテッロ・トンナートに代表されるツナを使ったトンナートソース。中国料理の技術やバリエーションの多さからすればイタリア料理との組みわせは無限の可能性を感じさせる。

ポロネギとチポロットのピアディーナ Piadina con porro e cipollotto

ピアディーナ、とはロマーニャ地方で日常的に食べるストリートフードだがチャンはネギの焼餅をピアディーナに見立てた。ラードがきいた香ばしい生地にあわせるのは定番の焼き。胡麻油ではなく上品なオリーブオイルがよくあう。粉物の技術が非常に高い、という印象を受ける。

ムール貝とマスカルポーネのグラタン、雲南胡椒 Cozza gratinata con mascalpone e pepe yunnan

次にマスカルポーネを使ったムール貝のグラタンが登場したが何よりも素晴らしかったのは一緒に登場した雲南胡椒!ミントやお茶を思わせる爽やかな香りで、これはチャンが中国から持ち帰ったものだそうだが、しばらくその香りが忘れられなかった。

サフランとカッポーネのスープ Zuppa di cappone e zafferano

フカヒレ(Pinna di squallo)の代わりに春雨を使い、カッポーネ=去勢雄鶏、パルミジャーノ、プロシュットでコクを加えたスープパスタ。サフランを効かせてあるのはミラノへのオマージュ。食感は異なるが見た目はフカヒレで、味もなかなか似ている。中国的な見立て料理、とても素晴らしい。

上海蟹のスパゲッティ Spaghetti al granchio Shanghai

この夜のハイライトは2皿目のパスタだ。紹興酒でマリネしたメスの上海蟹を丁寧にほぐし、ドライトマト、少量の唐辛子、そして生姜を効かせてマンテカーレしたパスタ。卵入り上海蟹の美味しさはいうまでもなく、紹興酒と生姜がこれほどスパゲッティにあうとは!現在の「セリカ」を代表する料理であり、一度食べたら忘れられない。あわせたのはヴィンサントのような香りの2007年産紹興酒。

ヒラメと発酵ペペローニ Rombo e peperone fermentato

ヒラメは柔らかく火を入れて中国産の発酵ペペローニとイタリアのフレッシュ・ペペローニの浸け亜合わせ。塩は最小限、パン粉が食感にアクセントを加え、南イタリア風のテイスト。

ンドイヤの麻婆豆腐 Mapo tofu con ‘nduja

南イタリアを代表するカラブリアの食材ンドイヤとレンズ豆の味噌に豆腐を漬け込んで作った麻婆豆腐。南イタリアと北中国の出会い。ピーナッツが食感のアクセント。辛さはごくごく控えめ、花胡椒も無し。発酵食品ならではの旨味が凝縮、かつヘルシー。

キノコとサルシッチャの炒飯 Riso saltato con funghi e salsiccia

土鍋で登場したのは炊き込みご飯でもおこげでもなくフライパンで炒めた炒飯的米料理。これを丁寧に取り分けてくれる。しいたけ、マッシュルーム、ポルチーニ、サルシッチャ、パルミジャーノ、数々のドライ野菜、八角、ねずのみなど5種類の東方的スパイス。リゾットとは違い、米を茹でるマントヴァのリゾ・アッラ・ピロータに通じるようなコクのある米料理。

仔牛の胸腺肉、青島風 Animelle di vitello al Tsingtao

極上の胸腺肉を青島啤酒、醤油、砂糖を塗りながら甘口の照り焼き風に仕上げた。料理にあわせたのは標高1246mで作る中国産のカベルネ「シャトーレガシーピーク 留世酒庄 2014」木は感じず、ピーマンのニュナンス、ピュアなカベルネでアルコール度数14.5% 。驚きのハイパフォーマンス。

豚のスペアリブ Costina di maiale

黒酢排骨とでも呼ぼうか、豚スペアリブを柔らかくなるまで火を入れ、バルサミコで甘く味付けしたメイン料理。トッピングは中国でスナックとしてよく食べられている豚の脂をほぐしたもの。中国風チッチョリ。ドルチェサラートな味付けはイタリアと中国の共通項なのかもしれない。

液体シュトゥルーデル、リンゴとコンブチャ/ 柿のクレーマ・ブルチャータ Strudel liquido, mela e combucha / Crema bruciato di cachi

プレデセールは2品。液体シュトゥルーデルは、アルトアディジェの代表的ドルチェであるリンゴのパイ「シュトゥルーデル」をドリンクとして再現したもの。シナモン、砂糖、リンゴを発酵させてあり、味わいは確かにシュトルーデルで、そこに熟成香が加わる。コンブチャ、とはイタリアで現在さまざまな形で応用されている発酵させた液体のことで、語源は日本の昆布茶にある。 クレーマ・ブルチャータ=クレーム・ブリュレは柿のピューレが敷いてある。日本では渋柿を干して糖度を高めるが、中国では氷室に柿を保存して糖度を高める、これは去年の中国産の柿を同じ方法で熟成させたもので旨味も凝縮、甘すぎず、カラメルがいい感じ、サンブーコ、ミント、酸味がアクセント。

ドルチェ・ノン・ドルチェ Dolce non dolce

「ドルチェ・ノン・ドルチェ=甘くないドルチェ」と題されたデザートは、さつまいものジェラートに初物の白トリュフを組み合わせてある。白トリュフの香りが良いのは無論のこと、サツマイモとは土の中同士とても相性がいい。アクセントはローズマリーの塩、キャンディ、クレーマ・ディ・ラッテ。ジャガイモとローズマリーという定番の組み合わせをサツマイモにも応用。塩味と甘み、さまざまな香りの土のデザート。

中国郷土料理からはじめて祖国を飛び出し、NOMA、TOKUYOSHIといったファイン・ダイニングで腕を磨いたチャンの実力は確かだった。日本人的視点から考えてみればこれまで多くの日本人シェフが日本的発想のイタリア料理に挑み、提案してきたが中国料理とイタリア料理の融合はいままで行われてこなかった。しかし中国料理の奥深さと技術の高さはいわずもがな。両国の料理をハイレベルでこなせる中国人料理人の出現は、今後イタリアにも新たな料理の潮流を巻き起こすかもしれない。かつてマルケージが日本の懐石料理や金箔などに着想をえて、独自のヌオーヴァ・クチーナ・イタリアーナを始めたように、チャンはヌオーヴァ・クチーナ・チネーゼの道を切り開きつつある。今後彼に続く中国人シェフが続々現れたとしたらそれは新たなムーブメントとなるかもしれない。チャン・リウの活動には今後しばらく注目が必要だ。 セリカ SERICA serica.restaurant 住所:Viale Bligny 19/a MILANO Tel:+39-02-49782736 19:30〜22:30 日休

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