IGPモデナ産バルサミコ酢とは。「アチェート・バルサミコ・デル・ドゥーカ」訪問
モデナ名物といえば何といってもバルサミコ酢。DOPとIGPの2カテゴリとそれ以外にもバルサミコベースの商品がいろいろあって、どれがどれやらわかりにくいのが実情だ。そこで、少しでもヒントを得ようとIGPモデナ産バルサミコ酢保護協会の会長を務めるマリアンジェラ・グロゾーリ氏を訪ねて、グロゾーリ家の「Aceto Balsamico del Duca」に赴いた。 1891年、初代アドリアーノ・グロゾーリがモデナの商工会議所に“サルメリア”として登録、サラミやハム、チーズ、ランブルスコ、バルサミコ酢の販売店(ボッテガ)を始めた。このサルメリアは時を置かず、上質な食品を扱う店としてモデナのブルジョワ階級の御用達となった。アドリアーノの息子のマリオが後を継いでからも変わらず地元では評判の店だったが、1974年にマリオの息子アドリアーノがバルサミコ酢メーカーに転換。この時、モデナ名物を背負う覚悟として、中世モデナの領主であったエステ家のフランチェスコ1世公爵の肖像をブランドイメージに決め、エステ家の美術館を管理する当局の許可を得て、その名をアチェート・バルサミコ・デル・ドゥーカ(公爵のバルサミコ酢)とした。バルサミコ酢は、エステ家が外交戦略の一つとして他国の王や支配者へ贈るための特別な品であったが、なかでもフランチェスコ1世はバルサミコ酢の質に非常にこだわったことから、その名を冠したのである。その後、アドリアーノの娘のマリアンジェラとアレッサンドラが父と共に事業を拡大、現在はその子供達も家業を受け継ぐべくサポートについている。バルサミコ酢の販売から製造へ、五代に渡って成長を遂げてきたメーカーだ。 「アチェート・バルサミコ・デル・ドゥーカ」の本拠はモデナ県スピランベルト。アドリアーノが醸造と熟成の場所に選んだのは、1600年代に遡るレンガ工房跡だった。現在ここはDOPモデナ伝統バルサミコ酢の熟成庫となっており、100以上もの大小様々なボッティチェッレ(バルサミコ酢を熟成させる樽)が整然と並んでいる。1992年に、ここから100mほどのところに本社とIGPモデナバルサミコ酢その他の製造と熟成を行う工場を建設。現在は直売所も併設している。 バルサミコ酢にはいくつかの種類がある。まず、原材料である葡萄の栽培、醸造、熟成、瓶詰めまでの全ての製造工程が定められた土地のなかで完結するDOPと、製造工程の一部が定められた土地のなかで行われるIGPがある。さらにDOPはモデナとレッジョ・エミリアの二つの産地があり、モデナ産はフラスコ型の瓶、レッジョ・エミリア産はチューリップを逆さにしたような瓶と決められている。IGPモデナ産バルサミコ(産地はモデナ県とレッジョ・エミリア県)のボトルの形に特に決まりはない。 そもそも、バルサミコ酢は、エステ家がその作り方を門外不出とするなど、非常に限られた貴族だけが手がけ、一般人や小作農には無縁のものだった。それが18世紀末のナポレオンのイタリア侵攻でエステ家が追われ、バルサミコの樽を裕福な商人などブルジョワ階級が買取り、製造方法も一般に広まった。マリアンジェラによれば、DOP伝統バルサミコ酢の産地はエステ家が支配していたモデナとレッジョ・エミリアの二つに分かれてはいるが、この二つの製造方法はほぼ同じである。そして、どちらも非常に厳しくルールが定められているため、作り手が違っても味わいの違いはほんのわずかだという。違いが出てくるのは、オーク、栗、桜、桑、ねずの木といった5種類の樽をどのように使い分けるかにかかってくるのだが、マエストロと呼ばれる上級の公式テイスターでなければ的確に違いを見分けることはほとんど不可能らしい。 一方、IGPモデナ産バルサミコ酢についてのルールは、
  • 葡萄品種はランブルスコ、サンジョヴェーゼ、トレッビアーノ、アルバーナ、アンチェッロッタ、フォルターナ、モントゥーニ
  • 葡萄の絞り汁を発酵させたものと、煮詰めたもの、濃縮したものを使用(取捨選択、割合は作り手が決めて良い)
  • 葡萄の絞り汁は全体の20%以上使用
  • ワインビネガーは最低10%使用
  • 最低10年熟成したビネガーを一定量使用
  • 色の定着のため、2%までカラメル使用可能
  • 葡萄の絞り汁、ワインビネガー、カラメル以外の使用は不可
  • 発酵、熟成はオーク、栗、桑、ねずの木の樽で最低60日
そのほかにも酸度や濃度についての決まりがあるが、煮詰めた葡萄の絞り汁だけが原料として認められているDOP伝統バルサミコ酢に比べるとはるかに自由度が高く、それだけに様々な製品が作られている。さらっとしたテクスチャーのものから、かなり濃度のあるもの、酸味のしっかりしたもの、甘みが前面に出ているものなど、好みで選ぶことができる。ややこしいのは、IGP以外にもバルサミコ酢ベースの“クレーマ(クリーム)”や”グラッサ“(グレーズ)、“コンディメント(調味料)”と呼ばれるものも存在することだ。クレーマやグラッサは粘度が高いので垂れて流れては困る料理に向き、コンディメントはより甘く仕立てられているものが多い。これらにはハーブやスパイスを加えたものもある。ちなみに、一時、“ホワイト・バルサミコ”や“バルサミコ・ビアンコ”などと呼ばれた、無色透明なものがちょっと人気になったことがあるが、これは葡萄の濃縮絞り汁と白ワインビネガーを合わせたもので、バルサミコとは呼べないコンディメントの一種である。 マリアンジェラたちIGPモデナ産バルサミコ酢の保護協会にとって、所属するメーカーの技術的なサポートのほか、正しい名称の徹底と、偽造・詐称のコントロールも重要な仕事だ。“バルサミコ”という名前が世界中に知られたブランドとなっている今、本物のバルサミコについて知る機会はもっとあっていい。

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