ホテル・ダイニングは鬼門か?シェフ交代の「ボルゴ・サン・ヤコポ」
以前東京の某外資系高級ホテルのPR担当者から、メインダイニングであるイタリア料理店のPR戦略について相談された時のことである。「池田さん、なにかレストランの知名度アップにつながる集客方法はないでしょうか?」と聞かれたので、イタリア人エグゼクティブ・シェフが出演するTV番組やレシピ集を出版するのはどうかと提案したところ「ホテルの場合、契約制であるシェフの名前を前面に出すのはちょっと難しいのです」といわれ、なるほどとうなずいた。 残念ながらその予想はあたり、そのシェフは早々にホテルを去りレストランは再び新しいイタリア人エグゼクティブ・シェフを迎えた。ホテル・レストランにとってはごくごく当然のことかもしれないがメニューは変えてもインテリアや店名は変えず、レストランは以前と同様今日も営業を続けている。そういう時いつも思い浮かぶのはあるひとつの命題だ。ホテル・ダイニングにとってシェフとはあくまでも一過性の存在でしかないのであろうか? ホテル>シェフという従属的契約ではなくホテル=シェフというパートナーシップを結び、あるは資本提携している場合には(ニコ・ロミート、ルカ・ファンティン、ハインツ・ベックなど)レストランにそのシェフの名前を冠することもあるし、そのほうが体制もコンセプトもしっかりし、より長期的スタンスに立ったレストラン運営を目指しているように思える。 前置きが長くなったが、フィレンツェの1つ星「ボルゴ・サン・ヤコポ」はフェラガモ家のレオナルド・フェラガモが経営する「ホテル・ルンガルノ」のメイン・ダイニングである。女性シェフ、ベアトリーチェ・セゴーニが十年以上シェフを務めたがフェラガモが求めていたミシュランの星にはついに届かず、2016年に新シェフ、ピーター・ブリューネルが就任すると同年秋に発表された2017年度版ミシュランで念願の1つ星を獲得。ようやく「ボルゴ・サン・ヤコポ」もミラノに多いガストロミー・ホテルと肩を並べることになったかと思っていたのもつかの間、1つ星獲得の立役者であるピーター・ブリューネルはレストランを去り、また新しいシェフがやってきた。クラウディオ・メンゴーニ Claudio Mengoniはアンドレア・ベルトンの時代の「トラサルディ・アッラ・スカラ Trussardi alla Scala」「アルノルフォ Alnorfo」「エノテカ・ピンキオーリ Enoteca Pinchiorri」などでキャリアを積み、ローマの「ホテル・アルドロヴァンディ Hotel Aldrovandi」では2016年にシェフとして1つ星を獲得した1984年生まれ36才の料理人だ。 今回メニューをリニューアルした「ボルゴ・サン・ヤコポ」でいくつかの料理をアラカルトで試してみた。「バッカラ・マンテカート Baccala’ mantecato」は非常に滑らか。クラウディオが自らシグネチャーディッシュと位置付けているのが見た目も美しい野菜料理「コット・エ・クルード Cotto e crudo di verdure con purea di cavolofiore e sorbetto di zucca 」で数々な野菜を馬蹄形に飾り付けたコンポジションに加え、カリフラワーとカボチャの冷たいソルベット、イタリアンパセリを使った緑色のソース。温暖硬軟さまざまな食感が楽しめる素晴らしい野菜料理。「子羊とアンズダケのフェットゥッチェ Fettucce al ragu’ di agnello e finferli」秋らしくアンズダケ=フィンフェルリと子羊のラグーを使った手打ちパスタ。この手の盛り付けで出て来るパスタは大抵一番美味しい時間が過ぎてしまっっていることが多いがこれも同様。皿は冷たく、パスタもぬるかった。また、フェットゥッチェは厚く、硬かった。「鳩と栗、葉玉ねぎ、カカオ Piccione con castagne, cipollotti e grue di cacao 」は最低限の火入れの鳩にカカオの粗挽きがほろにがく、またクリスピーな食感も加わりとてもよかった。これにあわせたのはモンタルチーノにあるフェラガモ家の三男マッシモ・フェラガモが経営するワイナリー「カスティリオン・デル・ボスコ Castiglion del Bosco」のBrunello di Montalcino “Campo del Drago” 2001 マッシモ氏とは2018年11月のメーカーズディナーで会い、このワインを飲ませてもらったがその時は2013年ヴィンテージ。今回は2001を試した。完熟のダークベリー、クワの実、なめし皮、リコリス、黒トリュフといったニュアンスを感じる素晴らしいワインだった。 ドルチェはホワイトチョコレートにビスケットのクランブルを使ったクリーミーなティラミスやチョコレートとヘーゼルナッツのドルチェ。いずれも現代のトレンドを取り入れたもの。メニューセレクトにもよるがこの夜はパスタをのぞき全てがハイレベルであり、新シェフ、クラウディオ・メンゴ=ニの料理は一度試す価値がある。新生「ボルゴ・サン・ヤコポ」の今後を見守りたい。 Borgo San JacopoSAPORITAをもっと見る
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