”田舎料理”という言葉に収まらない「ポデーレ39」
ピッティ宮殿を過ぎてロマーナ通りを南へ進む。次第に、フィレンツェというよりどこか田舎の町を歩いているような雰囲気に変わっていき、ポルタ・ロマーナを出れば、田舎感は決定的になる。ロータリーを周回する車の合間を縫ってセネーゼ通りに入って間も無く左手に現れるのがピッツェリア、その少し先にあるのが「ポデーレ39」だ。入り口には錆鉄でPODERE 39 BOTTEGA CON CUCINA DI CAMPAGNAと掲げられている。ボッテガ・コン・クチーナ・ディ・カンパーニャとは、直訳すれば「田舎料理も出す商店」。床と壁にはビンテージタイルがちょっとでこぼこに貼られ、扉も同じくヴィンテージであろう、古びた鉄枠のガラス引き戸。イタリアではあまり一般的ではないので、「PORTA SCORREVOLE(引き戸)」と注意書きの紙が持ち手のあたりに貼ってある。 店内も同じように、ヴィンテージテイスト。むき出しの石壁とドライにした草花、ハーブが壁や天井からぶら下がっている。頭上では、大きな束になったドライフラワーが空調の風でゆっくりと回り、テーブルに落ちるその影もゆっくりと回転する。妙なBGMもなく、のんびりとした空気が流れている。旅行者で溢れかえるフィレンツェの街とは明らかに違う空気だ。なるほど、ポデーレ(農園)だなと思う。それも、単に田舎趣味というのではなく、トスカーナの田舎家の雰囲気とシャビー好みがうまい具合に混ざり合っている感じ。 店内の正面奥には果物や野菜を漬け込んだ瓶やリキュールが台や棚に幾つも並んでいる。オーナー夫妻が自家菜園で収穫したものを保存食にしているのだ。インテリアも全てオーナー夫妻がトスカーナの家族の家や、蚤の市で手に入れたもので設えたという。こんな雰囲気の店がどこかにもあったなと考えてみたら、市内にある青果食料品店の「ボッテガ・デッラ・フルッタ」に思い当たった。そうそう、あの店もオーナー夫婦が実家に眠っていた古道具などを使って店を仕立てている。狭いところにぎっしりと物が詰め込まれていて、その合間に野菜やらお菓子やらワインなどが挿入されているような感じだが、昔のボッテガ(商店)へのオマージュを彼らなりにアレンジしたなかなか風情ある店である。そして、「ポデーレ39」も同じくボッテガへのオマージュだが、より洗練されていると思う。 料理はトスカーナ伝統をベースにしているが、いわゆるコテコテのものはない。メニュー構成も少々変わっていて、まず「Piatti di Bottegaピアッティ・ディ・ボッテガ」「Dall’Aiaダッライア」「Dal Mareダル・マーレ」に分かれ、1番目は野菜やチーズ、保存食が主役、2番目は肉、3番目は魚で、この中から前菜またはセコンドとして選ぶ。そして、プリモは同じく「Dall’Aia」「Dall’Ortoダッロルト」「Dal Mare」に分かれているので、1番目の肉系、2番目の野菜系、3番目の魚系それぞれから選べば良い。この構成を理解するのに少々時間がかかるが、通り一遍ではないメニューを読み込むのもまた楽しみの一つである。 そしてもう一つの楽しみが、料理のプレゼンテーションで、カラフルな色使いや立体的な盛り付けにオリジナリティが滲んでいる。多彩なソースは、最近の店にありがちな単なる色遊びではなく、しっかりと素材の味を感じさせ、その料理の中で出過ぎず弱すぎもせず、きちんと役割を果たしている。しかも、リストランテ的ではなく、あくまでもトラットリア風で気取りがない。 2020年版のミシュランで初めてビブグルマン付きで掲載された。こぢんまりとした店にはこれから新たなお客の波が押し寄せてくるだろうが、農園らしさを失わずに続いて欲しいと思わずにいられない良店である。 Podere 39 Via Senese, 39r Firenze tel.345-2376137SAPORITAをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。