ハインツ・ベック2020年冬の新作を味わう
先日「ハインツ・ベック」の若きシェフ、カルミネ・アマランテと話した際、ちょうど冬のメニューに切り替えたばかりだから一度食べに来て欲しいと誘いを受けた。昨年夏に訪れた際も、前任者ジュゼッペ・モラーロよりグラン・メゾン的思考を前進させたそのメニュー構成には驚かされたが、そのカルミネが今回のメニューは自信があるというのだから、その内容はどんなものなのか。期待に胸を膨らませてある夜大手町のハインツ・ベックを訪れた。 現在のハインツ・ベックのディナー・コースは3種類。6皿からなるビジネス・コース12,000円、8皿からなるメニュー・デグスタツィオーネ15,000円、そして12皿で構成されるメニュー・プレステージ19,000円。テーブルに着くとまもなく、例によってカルミネがこの日使う食材をトレイに乗せて現れた。ウニ、赤座海老、キャビア、舞茸、帆立、カルチョーフィ。それは寿司ネタが並ぶショーケースのようであり、期待感は一段と高まる。今回は最新のメニュー・プレステージを試した。Amuse Bouche:Pan bau di Caviale, Takos di verdure, Ricciola con agrumi e mandorla アミューズ・ブーシュ( キャビアのパニーノ、野菜のタコス、カンパチ )
最初に登場したアミューズ・ブーシュは3種類。まずはフィンガーフード感覚の、キャビアとサワークリームの代わりに中にはカボチャのクリームを忍ばせたミニ・バン。イタリアの焼いたパンとは食感が異なる蒸しパン、バンはイタリアのファインダイニングにもしばしば登場する。甘さと塩味、ドルチェ・サラートのコントランストが心地よい。これにあわせるのはフランチャコルタ「Ca’ del Bosco Vintage Collection Brut Millesimato 2015」シャルドネ55%の心地よい酸味にピノ・ネロ30%がふくよかさを加え、15%のピノ・ビアンコが華やかな香りのアクセントをプラス、完成されたブレンド感。同じくフィンガーフードは野菜のタコス、トウモロコシの軽いタコスとバジリコ、ペペロナータ、紫玉ネギの酢漬けで酸味のアクセント。もう一品はナイフ&フォークで食べるカンパチの低温調理で、アーモンドミルクのクリームとキンカンのジュレ、黒オリーブのパウダーとともに。脂はほどよく、キンカンの香りと黒オリーブという、地中海に似た瀬戸内海的芳香。Akaza-ebi con mela verde, yuzu e shiso 赤座海老 青りんご ゆずとシソ
最初の冷前菜は静岡産の特大アカザエビ=スカンピが登場。軽く火を入れて酸味が心地よい青リンゴ二種と、ゆずのペルレ=液体窒素を使ったシャーベット、ディルのソースで食べる。あわせたワインはLaura Aschero Vermentino Riviera Ponente Ligure DOC 2017ヴェルメンティーノ。石灰岩で育ったヴェルメンティーノだけにミネラル豊富でドライ、自然発酵っぽいニュアンスもある。Capesanta con Carciofo spinoso di sardegna, spuma di patate aumicata e menta liofillizzata 噴火湾産帆立貝 サルデーニャDOPアーティーチョーク ジャガイモのスプーマとミント
温かい前菜は火を入れて甘みを引き出した上質のホタテと軽く薫香をかけたジャガイモのスプーマ、サルデーニャ産DOPスピノーゾ種のカルチョーフィ、これはチップスとスプーマの下にソテーが隠してある。そしてミントのパウダー、カルチョーフィとミントの組み合わせはローマの家庭料理を思い出させる。ここには一口サイズのカルチョーフィの茹で汁=ブロードが登場。根菜汁のような香りはイタリア人には、家庭の台所を思い出させるという。ワインはAzienda Agricola San Salvatore IGP Paestum greco ELEA 2016マッシュルーム、やとうもろこしといった土のニュアンスとかすかなスモーク感のあるグレコ。Sfoglia di patate con variazione di funghi キタアカリのスフォッリア 茸のバリエーション
続いて登場したのはジャガイモ=キタアカリとキノコを使った土を感じる料理。専用ピーラーでジャガイモを極薄に削り(!!)ロール状に再び巻きつけて=スフォッリア、オーブン焼き。あわせたのは舞茸とローズマリーの花。ローズマリーとジャガイモ、という中部イタリアの日常の食卓を思わせる家庭料理の味だが、技術は高級リストランテならでは。Tortelli alla genovese al tartufo nero ナポリジェノベーゼのトルテッリ 黒トリュフ
詰め物パスタに関しては徹頭徹尾トラディショナル、しかしコースの中においてもハイライト的位置付けなのがハインツ・ベックの特徴のひとつ。本家「ラ・ペルゴラ」のシグネチャー・ディッシュでにカルボナーラ・ソースを詰めた「ハインツ・ベックのファゴテッリ」があるが、伝統料理の味はそのまま、調理法を見直して一口サイズの中に詰め込むのはその真骨頂だ。仔牛肉とタマネギをじっくり煮込んだナポリの伝統料理はカルミネ・アマランテのソウル・フード。しかしジェノヴェーゼ・ソースを中に詰め込むことによって下に触れる最初のテクスチャーはあくまでも滑らかなパスタ生地、そして噛み締めると中から仔牛肉の旨味が溶け出すという仕組み。そして黒トリュフも芯の部分のみくり抜いたシャトーブリアン的黒トリュフだ。ワインは北に飛んでアルト・アディジェからSt.Paulis Weissburgunder DOC Sudtirol Alto Adige DOC Riserva 2010 「10年ぐらい経った北イタリアの白は日本ではなかなか手に入りませんが、現地ではそういったバックヴィンテージに出会うことがよくある。そうしたワインは凝縮感やとろみ、厚みといったグリセリンの特徴が出て来て非常に美味しいんです」と三浦ソムリエがいうように、素晴らしく凝縮したピノ・ビアンコ=ヴァイスブルグンダー。Risotto cacio e pepe con ricci di mare リゾット カッチョエペペ 雲丹
昨年8月に訪れた際カルミネが用意してくれた「雲丹 生ハムとカンタロープメロンのグラニータ」はプロシュットからとった冷たいブロードとメロンのシャーベットにクリーミーで濃厚な厚岸浜中小川のエゾバフンウニをトッピングした、極上生ハムメロンだったが、自ら北海道の雲丹生産現場を見に行くというカルミネは今回同じ厚岸産エゾバフンウニでもよりマイルドで甘みが強いヤマタの生ウニをセレクト。これを大胆にもパルミジャーノを使ったリゾットにトッピングした。前菜から続く流れは塩は最小限。こんなウニを見たらマルドンの塩の一粒、二粒でも乗せたくなるがそういうことはせずにあくまでの食材のうまみだけで食べさせてくれる。リゾットの余熱でほんのり火が入ったウニの甘みは極上そのもの。「池田さんもよくご存知の」と三浦ソムリエが注いでくれたのはアブルッツォの雄エドアルド・ヴァレンティーニのチェラスオーロ・ダブルッツォDOC 2018 Edoardo Valentini Cerasuolo d’Abruzzo DOC 2018だ。1700年代から同地でワイン作りを行うヴァレンティーニ家はかのチェーザレ・ボルジアの従者としてヴァレンシアから(=ヴァレンティーニ)イタリアの地にやって来たのだ。モンテプルチアーノ種をスキンコンタクトさせて作るこのロゼワインはチャーミングや華やか、といった表現とは対照的で奥深く、森の奥にいるような、土やダークベリー、木の皮、小石などを感じる腰が入ったロゼだ。Ama-dai con cavolfiore alla brace e salsa di capperi 甘鯛 カリフラワーとケイパーソース
魚料理は甘鯛。魚に関しては甘鯛や金目鯛など、日本ならではの脂と旨味の強い高級魚をカルミネは好んで使う。これは和食の「甘鯛のウロコ焼き」を応用し、低温油でウロコをパリパリにあげたもの。身は低温調理で柔らかく火を入れる強と弱のコントラスト。ややとろみのあるケイパーのソースは地中海を思わせ、カリフラワーの青さがアクセント。Crepinette di piccione e fegato grasso d’anatra su salsa di senape 鳩とフォアグラのクレピネット マスタードシードのソース
最初の肉料理は鳩。クレピネットとは本来網脂で肉を包んだ調理した料理だが、カルミネはまず鳩の胸肉でフォワグラとプレッツェーモロソースをはさみ、ほうれん草で包んでから80度でオーブン焼き。鳩はほぼレアだがほんのり火が通っていて鉄分や血を全く感じさせない、という超絶技巧。マスタード・ソースの酸味も心地よい。これにあわせたのはGirolamo Dorigo “Tazzelenghe di Buttrio” 2000 フリウリの土着品種であるタッツェレンゲ=レフォスコ、テラーノの20年熟成という珍品。攻撃的でなく滑らかなタンニンの奥に見え隠れする皮やタバコのニュアンス、白だけでないフリウリの赤の底力。Wagyu con rotolino cavolo nero e bamboo su salsa al pepe sansho 熟成黒毛和牛フィレ肉 カーヴォロネロと筍 飛騨山椒のソース
フィレの中でも中心部のシャトーブリアンのみを使った極上の熟成黒毛和牛フィレがメイン。表面だけ熱したフライパンでソテーしたあとここでも低温調理。ドリップは全て閉じ込めて熟成香とやや仔牛肉を思わせるミルキーさ、そして程良い脂。脂が強すぎるのでカルミネはA5ランクではなくA4を好んで使うという。付け合わせはイタリアの冬野菜の代表である黒キャベツーカーヴォロ・ネロと出始めの筍。これに合わせたのはBrunello di Montalcino “Poggio alle Mura”1969(!!)だ。Poggio alle Muraポッジョ・アッレ・ムーラとは先日LVMHグループが買収したことで話題になったCastello di Banfiが所有する畑だが、これはBanfiが購入する以前の昔のエチケット。1969だから50年以上前だというのに(わたしの2才年下)いまだサンジョヴェーゼならではのスミレの香りやエレガントな飲み心地が素晴らしい生き生きとした貴重な一本。「今日はあわせもがっつり行きます」と当初から宣言していた三浦ソムリエのすごすぎるペアリング。毎回メニューを新しくするたびにペアリングも本国イタリアのハインツ・ベックにプレゼンして説得、許可を得て構成しているという。「ハインツ・シェフを説得するのはホント大変なんです」というわりには、実に楽しそうにサーブしている姿がレストランを明るくしてくれる。Fragola bianca con gelato di mandorle tostate 白イチゴ アーモンドのジェラート Lamelle di pera e cioccolato 王秋梨とチョコレート
最後にドルチェ担当のイタリア人フランチェスコ・タリアテーラが登場。彼もカルミネ同様ナポリ出身のパスティッチエレだ。まず最初に登場したのはホワイトチョコレートでイチゴジュレを包んでイチゴの形にし、さらに細かいイチゴ・キャンディをひとつひとつピンセットで「植毛」したクレイジーなデザート。「一つ作るのに2時間かかったよ」と笑うフランチェスコ。食べるのは一瞬、しかしその一瞬を楽しませようと、時間と労力を惜しまないイタリア人なのだ。もうひとつのドルチェは王秋梨をピーラーで薄く剥き、普段とは違う洋梨のテクスチャーを楽しむもの。チョコレートと洋梨というドルチェの黄金律だ。 カルミネはまだ29才の若さ、といっては失礼だが三ツ星シェフ、ハインツ・ベックが見込んで東京店を任せるに足りる自信とキャリアの持ち主だ。日本に来る前、すでにモンテカルロのジョエル・ロビュションにはハインツ・ベック代表として送り込まれ、責任ある仕事を遂行した時からすでにハインツ・ベックの信頼は得ていたのだろう。新しいメニューを決める際にもいつも電話で組み合わせる素材を伝えるだけで、お互いの頭の中には味の共通項がきちんと描かれるという。それはおそらく音楽家同士が、こんな感じで行こうというだけでいきなり複雑な演奏を奏でることが可能なように、一流の料理人同士だからこそ理解し合える世界なのだろうと思う。 「ハインツ・シェフはもっと味を強くしろということもあるんだけど、私はこれでいいと思う。日本人の繊細な舌には繊細な味付けで食材を楽しんでもらいたいのです」 というカルミネだがその食材と味の組み合わせは自由自在で縦横無尽。いま日本全国を駆け回って新しい未知なる食材探しの旅にのめり込んでいて、そうした日本全国から集めた食材を使い季節ごとに提案するメニューは注目に値する。昨年イタリア国外にあるイタリア・レストランのランキング、50 TOP ITALYで世界界第3位に選ばれたことはカルミネに与えられた勲章のひとつだが(イル・リストランテ ルカ・ファンティンは世界第8位)ミシュラン2つ目の星やアジア・ベスト・レストラン50のランクインなど足りないもの勲章はまだまだ多い。まずは2020年にどこまで行くのか?「ハインツ・ベック」から世界に発信するカルミネ・アマランテの動向にしばらく注目を続けたい。 Heinz Beck ハインツ・ベック 東京都千代田区丸の内1-1-3 日本生命丸の内ガーデンタワー M2F Tel03-3284-0030 11:30~15:00、17:30~23:00 日休 https://www.heinzbeck.jp/SAPORITAをもっと見る
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