ボッティチェッリの「春」を思わせるエルバ・ダ・ナカヒガシ
西麻布の「エルバ・ダ・ナカヒガシ」について語る前に「Lido 84 リド・オッタンタクアットロ」について語りたい。ガルダ湖にある「Lido 84 」のシェフ、リッカルド・カマニーニ Riccardo Camaniniは2019年世界ベストレストラン50の注目シェフ賞に値するOne to Watchを受賞。ガルダ湖産の野草やハーブ、自家発酵食品など、ユニークなアプローチが話題で、現在イタリアで最も注目されているシェフの一人だ。昨年夏に「Lido 84 」を訪れた際、リッカルドが「これが日本で一番好きなレストランだ」と見せてくれた豪華本の表紙には「京都なかひがし」と書いてあったのだが、これは京都東山にある摘草料理の名店「草喰(そうじき)なかひがし」のことだ。 一方「エルバ・ダ・ナカヒガシ」は「草喰なかひがし」店主、中東久雄氏の次男中東俊文さんが営むイタリア料理店だ。中東さんはトスカーナのコッレ・ヴァル・デルサにある名門「Arnolfo アルノルフォ 」で働いたあとガルダ湖にあるこれも名門の「Villa Fiordaliso ヴィッラ・フィオルダリゾ」にてさらに研鑽を積む。実はリッカルド・カマニーニも「Villa Fiordaliso 」で働いたあとに独立、2014年に「リド84」をオープンしたのだが、こうした一連のキーワードを整理してみると、おそらく中東さんはヴィッラ・フィオルダリゾでリッカルドと一緒だったのではないか、という仮定にたどり着いた。「エルバ・ダ・ナカヒガシ」のカウンターに座り、中東さんにその疑問をぶつけてみると「はい、リッカルドとはヴィッラ・フィオルダリゾで一緒でした」というではないか。ガルダ湖から京都、西麻布へと至る点と点が一本の線へと繋がったのだ。この夜はリッカルドもおそらくは影響を受けたであろう「草喰なかひがし」伝来の摘草イタリア料理、12皿からなる「DIVERTO ディヴェルト 地野菜と高級食材で季節を楽しむコース」 15,000円を味わった。

白菜、ハマグリのだし、キャビア

食前酒は山梨県Grace WineryのExtra Brut Serena 2015 シャルドネ100%、瓶内二次発酵後デゴルジュマンを行い36ケ月瓶内熟成させた日本スパークリングだ。まずは胃を温める汁物として登場したのが春らしくハマグリの出汁と白菜のスープ仕立てでキャビアの塩分がアクセント。優しいアプローチからのスタート。

イイダコのアフォガートとカラスノエンドウ、白子と揚げニョッキ、いちごとジェノヴェーゼ、白魚のインサオール

続いてフィンガーフード2連発。この季節ならではの飯粒を腹に抱いたようなイイダコはトマトのブロードで蒸し煮=アフォガートにしてあり、ほのかな酸味にカラスノエンドウという野草の苦味がアクセント。揚げニョッキと白子は、硬軟対照的な食感のコントラスト。ヒシモチに見立てたというクッキー生地にはイチゴとマスカルポーネ、ジェノヴェーゼ・ソース。イチゴの酸味、甘みをマスカルポーネの脂肪分でまとめ、ジェノヴェーゼがアクセント。一方さくっと揚げた白魚にはヴェネツィアらしい玉ねぎを甘酸っぱく煮たインサオール。春の素材を北イタリアの料理法や味付けでまとめた楽しい一連のアミューズ。

鹿、ナズナ、つくし、ニョッコフリット、ブレザオラ、ラグー、タンポポ

続いてフィンガーフード第二弾。まずはたけのこの皮をスプーンに見立て、鹿肉のラグーとなずな、つくし、一口で味わうと里山の春の情景が目にうかぶ。もうひとつニョッコフリットにはブレザオラとタンポポ。こちらもほろ苦さが印象的。これにあわせたのは南イタリア、カンパーニアからTenuta CuoccoのFiano IGT 14.5%と飲み口はしっかり目の白ワイン。

サンダニエレとフリッタータ、タレッジョ、フキノトウ

次の温かい前菜は専用のたこ焼き機でひとつひとつ丁寧に作る「フリッタータ」。中にはタレッジョとフキノトウのペーストが詰めてあり、この熱々をサンダニエレのプロシュット・クルードで包んで食べる。フリッタータの熱でプロシュットの脂が溶け出し、タレッジョの塩分とあいまって極上のフリッタータとなる。合わせたのは千葉県産、寺田酒造「醍醐のしずく」という日本酒。乳酸発酵の心地よい酸味と精米歩合90%から来る米の旨味。

ミネストローネ

中東さんが「ミネストローネ」と呼ぶのは20種類の野菜を使った、懐石料理でいう炊き合わせ。さまざまな野菜をサイフォンに詰め込み、野菜の旨味が凝縮されたブロードを器に注いでくれるという演出。春キャベツ、カブ、菜の花、大根、レンコンなどが入ったなんとも贅沢なミネストローネだ。これにはワインでも日本酒でもなく、サントリー「知多」のほうじ茶割りが出た。「知多」の甘みのスモーキー感にほうじ茶のフレーバーが加わり、熱いブロードに冷たいお茶割がよくあう。

秋川渓谷のヤマメ、ルーコラ、菜の花、骨せんべい、野甘草

解禁されたばかり、まだパーマークが残る秋川渓谷産の若いヤマメにルーコラのペーストを挟みこみ、野の花や野甘草とともに味わう。これまたほろ苦さと旬のヤマメという春の生命をいただく。ワインはスペインからBodegas Avancia Godello ゴデーリョという品種はレモンやハチミツのニュアンス。エチケットはドゥエロ渓谷、雪解けの谷と動き始めたヤマメという景観がペアリングのテーマ。

はまぐりとはまぐりのジュのリゾット、自家製ボッタルガ

続いて貝合わせを思わせるハマグリ料理が2種類。シンプルに蒸し煮にしたものと、その汁を使って炊いた一口サイズの緑のリゾット。自家製のボラのカラスミがとてもよくあう。ワインはトスカーナからOlivelli Sassetti Livio “Pertimali” ヴェルメンティーノとシャルドネのブレンドで、ミネラルが豊富、海のニュアンス。

美山町の鹿肉のラザーニャ、焼いたビーツ、ノルチャ産黒トリュフ

続いて登場したパスタはシート状ではなく、木の幹に見立ててロール状にしたラザーニャ。これに京都美山産の鹿肉を使った滑らかなラグーとベシャメルのコク、焼いたビーツで土の香りをプラス。さらにノルチャ産黒トリュフをふんだんにトッピングすると春の森や大地から生まれる芽吹き、といったイメージが伝わって来る。ここでワインは赤になり、やはりトスカーナはグレーヴェ・イン・キャンティからQuerciabella CC 2016 柔らかくて濃すぎないタンニンのサンジョヴェーゼは春の料理によくあう。

たけのことレモンバーム

次に中東さんが用意してくれたのが、皮ごと焼いた若たけのこ。中の芯の部分を、ローマ風アーティチョークに見立て、ミントではなくレモンバームの清涼な香りとともにいただく。これにあわせたのがエビスビールで、さらに山椒のエッセンスを一回、二回とスプレーしてオリジナル・エビス・カクテルに。たけのこ、山椒、エビスビールのコクの組み合わせ。

ヒラスズキ、うど桜色、セロリとかオリーブ、ブラッドオレンジ

魚料理はヒラスズキ、脂を含む白身をグリル、和野菜や山菜ではなくセロリやオリーブ、ブラッドオレンジといったシチリア的な組み合わせ。桜色に染めてから花形にくり抜いたうどの遊びも効いている。ここでワインは再び白に戻り、プーリアからJazzo di Stefano “MELECH” これはグレコとマルヴァジアのブレンドでアロマティック品種であるマルヴァジアをドライに作っている。

猪のバラ肉カッスーラ、栗のハチミツとマスタード

メインの肉料理は丹波の猪か鹿から選べるというので猪を選ぶ。カッスーラとは豚をキャベツを使ったロンバルディア州の伝統的煮込み料理。Cassoeula=カソエウラ、と発音することもある。猪の中でも脂を含んだバラ肉を黒キャベツ=カーヴォロ・ネロで包んで柔らかく蒸し煮、ゴボウや芽キャベツなど歯ごたえのある野菜とともに食べる。ハチミツとマスタードという香りの強いソースも猪とあう。ワインは再び赤、ピエモンテに移動しLa Spinetta “Vigneto Gareetti” Barolo 2015 スピネッタの若いバローロ、力強いというよりは軽くて優美。

自然薯、プロウォローネ、ビアンゲッティのブルスケッタ

最後にチーズとして出たのが自然薯をビスコッティに見立て、プロヴォローネを乗せてグリルしたブルスケッタ風フィンガーフード。春トリュフ=ビアンケッティをトッピングするとこれまた春の大地の香りに。

グリオットチェリー、オードヴィー、ミモザ、メレンゲ、桜のジェラート

デザートはイタリアの春の花、ミモザをイメージし桜のジェラートをミモザに見立てたメレンゲで覆ってある。さらにオードヴィーに漬け込んだグリオットチェリー、これも春の味。最後に出た小菓子はココナッツミルクを使った軽いブルッティ・マ・ブオーニ。 日本とイタリアは季節感、季節の食材を多用するという点によく似ていると言われるが、こと「春」に関していうならば日本の食材の多様性はイタリアの一歩先をゆく。日本人からしてみれば当たり前のことだが、世界には実は季節感に乏しく季節の食材がない国のほうが圧倒的に多いのだ。「エルバ・ダ・ナカヒガシ」は本家「草喰なかひがし」の遺伝子を確実に受け継ぎ、日本の季節感を最大限に生かした他では見られない独自のイタリア料理として進化している。子供の頃春の土手に寝転んだ時の土や草の香りと感触、さまざまな木々が芽吹きはじめ里や町に漂っていた香り、そして大人になってから覚えたイタリア料理やワインの味、テンポよく次から次へとさまざまな手法で登場する一連の料理はさまざまな記憶と感情を掻き立て、呼び起こしてくれる。それはあたかもボッティチェッリの名作「春」のようだ。フィレンツェ市民の宝である大作は神秘的かつ官能的な春の喜びに満ち溢れ、女神たちの足元には数々の野草や野花が芽吹き、花を咲かせている。かつて暗黒の中世の後ルネサンスが訪れたように、イタリアにもきっとまもなく本物の春の喜びが訪れるはずだ。 エルバ・ダ・ナカヒガシ www.erbadanakahigashi.com 〒106-0031 東京都港区西麻布4-4-16 NISHIAZABU4416 B1F Tel03-5467-0560 営業時間17:00〜20:30(LO) 日休

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