リストランテ・センソ近藤正之の本懐
白金「センソ」はかつてピエモンテの名門「ロカンダ・デル・ピローネ Locanda del Pilone」のシェフとして1つ星を維持していた近藤正之さんがシェフを務めている。アルバ近郊の丘の上の一軒家のような「ロカンダ・デル・ピローネ」は2005年に訪れたことがあるが、辺鄙な場所(失礼!!)にありながらも上品な客が訪れる料理旅館で、ウズラと黒トリュフのサラダ、白トリュフのタヤリン、鹿肉のねずの実ソースを食べ、La Spinetta PinとFontanafredda Barbaresco 1989を飲んだ記憶がある。 近藤さんが「ロカンダ・デル・ピローネ」にいたのは2010年からというから当時直接会ってはいないが、ピエモンテで「ロカンダ・デル・ピローネ」の近藤正之といえば「イ・ボローニャ」小林清二と並び当時のイタリア料理界では知られていた存在だった。東京ではイベントなどでよく顔を合わせていたが実際に彼の料理を口にするのは初めて。この日は砂かぶりともいえるシェフ場前、カウンターの特等席に座り、あれこれと料理の話をしながら料理を堪能するという至福の3時間を体験することができた。ちなみに近藤さんは「ロカンダ・デル・ピローネ」の他にも「ツル・ローゼ Zur Rose」「サント・ウベルトゥス St. Hubertus」「ヴィッラ・クレスピ Villa Crespi」といった北イタリアの錚々たる店でキャリアを積んだ実力派だ。アミューズ4種 Amuse
左上から時計回りに北海道モッツァレッラをトマトでマリネし、色と酸味を加えたもの。ブッラータを思わせる柔らかめのテクスチャー。ホワイトチョコとトリュフ、塩味を効かせたホワイトチョコレートはワインにもあう。静岡産くぬぎ鱒とストラッキーノ、ストラッキーノ・チーズを鱒で巻き、同じ静岡産の本ワサビのアクセント。クラッタとニョッコフリット。豚のもも肉後ろ部分で作る生ハムクラッタを同じエミリア・ロマーニャあわせのニョッコ・フリットに巻いて食べる。ワインはFerrari Perlè 2013 シャルドネ100%でキリっとした酸が特徴的だがピノネロのようなふくよかさも。
オルト Orto
「菜園」という意味のサラダ。同じピエモンテのエンリコ・クリッパも次回栽培の野菜を40種使ったサラダを作る、という話をすると「エンリコとは仲がいいんです」と近藤さん。大根、カブ、人参、ルーコラ、ナスタチウムなどなど。ワインは近藤さんの義理の兄が営むピエモンテのワイナリーからRosoretto Barbera d’Alba 2013 キリっとしたバルベラ、タンニンもしっかり。
マッタンツァ Mattanza
マッタンツァとは本来シチリア西部やサルデーニャ南部でおこなわれている古式マグロ漁のこと。フェニキア人伝統の囲い込み漁は「死の部屋」と呼ばれる最後の網にマグロを追い詰め、ギャフをかけて人力で引き上げることから時には血しぶきが舞い上がることもある。サルデーニャで見たそれは電気ウインチを使っていた。漁法的にはマグロにストレスを与えるので乳酸が発生して身が悪くなる、ともいわれているがそれはさておきこのマグロ料理「マッタンツァ」はドリッピングの手法で皿に描かれた赤いソースがマグロの赤い血を思わせる。本マグロ、自家製マグロのサラミ=モシャーメ、イチゴ、ビーツ、ゴルゴンゾーラ・ドルチェの白いソース。イチゴの酸味はマグロの赤身とよくあい、極上の熟成赤身のような味に。ビーツやラディッキオの鉄分はまさに血の味を思い出させてくれる。ボットゥーラもそうだが、北イタリアの料理人にとってシチリアというのは風土的にも料理的にも異なる憧れの地。この料理もピエモンテの風土に慣れ親しんだ近藤さんにとってワイルドかつ生命力に満ち溢れたシチリアを表現した料理なのではないかと思う。
蛸 ンドゥイヤ ナス ミント
明石のタコは一度スチームで柔らかく火を通し、仕上げに表面をカリっとソテーする。こうすることで皮も剥がれないし、中は柔らかく、外はクリスピーという異なる食感が楽しめる。かつてポルトやギリシャで食べたタコ料理を思い出させる。カカオバター、ナスとンドイヤ、パプリカ・パウダーとミント。カラブリア的な食材で辛味と大地の香りをプラス。ナスとミントはシチリアを思わせる。
スパゲッティ海の香り
あさり、ハマグリ、ムール貝、赤海老、カニ、タラなどを使い、ブロードだけを抽出。これをスパゲッティにたっぷり吸わせて仕上げるという、16世紀北イタリアのコンソメ文化を彷彿とさせる非常に贅沢なパスタ。パスタはふたつにおり、最初に4分パスタ湯で茹でて余分なでんぷんを落としてからブロードで煮詰める。パスタはマンチーニ、これだけでいかに旨味を吸い込んでいるかおわかりいただけるだろうか?アドリア海沿いの魚介料理店で食事しているような一品。
トルテッリーニ 孔雀 長谷川農園マッシュルーム
パスタ第二段はトルテッリーニ。かつてコスティリオーネ・ダスティにあった「グイド」のトルテッリーニの話をしていたところこの料理が登場した。牛スネ肉、モルタデッラ、パルミジャーノ、リコッタで作った詰め物と沖縄産の孔雀のコンソメ。パスタ生地は非常に滑らかで詰め物は味わい深い。そしてローマ人もびっくりの孔雀(!!)のコンソメの奥深さ!マッシュルームのスライスが土のニュアンスをプラス。これを食べたらもう去勢雄鶏=カッポーネのブロード=コンソメには戻れない。
低温乾燥タヤリン 北海道産ジビエのラグー
パスタ第3段はピエモンテを語るなら避けて通れないタヤリン。パスタのモチモチ感や卵黄の旨味を出すため生地は6時間低温乾燥させる。それにあわせたのが北海道産の熊と鹿のラグー。ワイルドかつ上品、濃厚かつあっさりの極上ラグー。シナモン、クローブ、ねずの実とのバランスが素晴らしい。トッピングはアジアーゴ・ヴェッキオ。メニューのハイライトといえるパスタ三連発は「すきやばし次郎」の赤身、中トロ、大トロという本マグロ三連発を思い出す。「やはりパスタはイタリア料理の根幹ですから」と近藤さん。いずれも一口サイズでもう少し食べたい、という余韻を残したまま次のパスタが登場するところがなんとも憎い。フルポーションで食べたいところだが「うちはコースしかないんでアラカルトではお出ししていないんです」とのこと。
山形県平田牧場金華豚と三元豚の掛け合わせ、バジルとナポリ風のダブルジェノヴェーゼ
本来は富士幻豚だったが食材変更して金華豚と三元豚の掛け合わせの肩ロースを七輪で火を入れる。周りはいい焼き色に、中はロゼという塩梅。ソースはバジリコベースのジェノヴァ風とタマネギを使った甘いナポリ風というふたつのジェノヴェーゼソースを交互につけながら味わう。黄金梅の甘酸っぱいソースもまたアクセントに。ワインはここで同じRosorettoのBarolo2010 Barberaの力強さに比べると柔らかく穏やかでエレガント。北海道産の水牛のミルクとヨーグルト
最初のデザートは水牛のジェラートを同じく水牛のヨーグルトソースで。生クリームをおもわせるような高脂肪の水牛のジェラートに酸味が穏やかなヨーグルトとの組み合わせ。リンゴ、甘酒、アマゾンカカオ、ココナッツミルク
「サント・ウベルトゥス」でウイーンやドイツ風デザートを多く学んだという近藤さんが作るのは、アップル・シュトルーデルを思わせるデザート。さっくり焼いたリンゴに甘酒のジェラート。小菓子は太田哲雄さんのアマゾンカカオを使ったマカロン、ココナッツミルクのブルッティ・マ・ブオーニなど。 イタリア料理のメニュー構成において、例え前菜は独創性を活かしたオリジナリティ・メニューであってもことパスタに関しては伝統のスタイルを崩すことは許されないアンタッチャブルな領域だと思う。それがイタリア料理を学び、作るものにとっての不文律であり、アイデンティティであるからだ。イタリア料理における多様性=ディヴェルシタとパスタは同意語であり、己がイタリアのどこで何を学んだか?を料理人が表現するのはパスタが最適かつ不可欠な存在である。そうした意味では近藤さんのメッセージは自信に満ちていて揺らぎがない。スタイルは伝統的ながらも食材やアプローチには自分の解釈と日本人ならではの意識をプラスする、それこそが私たち日本人が食べたいと常に思い「これが日本のイタリア料理だ」と例えイタリア人相手でも誇らしげに胸を張れる料理なのではないだろうか。それは偶然ではなく必然であり、ひらめきではなく熟考の果てに生まれた料理であるはずだ。「センソ」の料理からはそうした哲学がほとばしり、溢れ出てくる。そうしたメッセージに出会う時、無常の喜びを感じるイタリア料理偏愛主義者はわたしだけではないはずだ。 リストランテ・センソ Ristorante Senso www.ristorantesenso.tokyo 東京都港区白金台5-17-10 shiroganedai THE2000 B1F Tel03-5449-6777 営業時間12:00〜15:00(土曜のみ)、18:00~24:00 (L.O. 21:30) 日曜・第二月曜休 4月からはランチも開始予定SAPORITAをもっと見る
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