古代ローマの知恵、壷で熟成させたクラフト・ジン「ジネプライオ」
イタリアの若い世代はお酒を飲まないとワイン業界は嘆くが、実態はそうでもなさそうだ。ワインを飲まなくても、そのほかの酒類への興味は逆に増していると感じる。2000年代に盛り上がったクラフトビール・ブームを皮切りに、今はオリジナルのカクテルを楽しむミクソロジーに人気が集中している。ミラノを始め、フィレンツェ、ボローニャ、ローマなど都市部で新たにバーがどんどんできている。その形態も、かつてのバーはクラシックなカクテルに乾きもののおつまみを提供するくらいだったが、今では、カクテルとフードのペアリングにこだわったり、つまみは一切出さすにカクテルやウイスキー、ジンなど酒だけに特化したバー、住所・電話も明かさないシークレットバーなどまでさまざま。そして、この流れと同時に生まれたのが、クラフト・ジンやリキュールへの関心だ。例えば、ミラノで2015年にオープンした「ザ・ボタニカル・クラブ」は市内で初めて蒸溜所を構えたバーで、限定頒布するクラフト・ジンはいつも予約完売する。ベルモットはもともとピエモンテ生まれだが、今やイタリア各地で新旧ブランドが乱立し、バックバーの棚を賑わしている。 このスピリッツ&リカー戦国時代のイタリアで近年、二人の若者によるユニークなクラフト・ジンが誕生した。大学のマスターコースで知り合った彼らは、スピリッツとリキュールの会社「レヴァンテ・スピリッツ」を設立。ちなみにレヴァンテとは、その昔、異国へと旅立つ船を導いた東風から想起して、新しい世界に漕ぎ出すという意味を込めた名前だ。ワイン好きでもある二人は、トスカーナというテロワールに注目し、トスカーナ産原料だけでジンを作ることを思い立った。蒸留してアルコールを抽出する原材料の小麦、香りの元となるジュニパーベリー(ねずの実)、アンゼリカ、コリアンダー、ヘリクリサム、ローザカニーナ(野ばら)、オレンジの皮、レモンの皮も全てトスカーナの有機栽培。特にジュニパーベリーは、グロッセートの南の海辺、シエナに近いキャンティ、アレッツォの山間と、3地域から集め、香りのバランスで割合を調整した。こうして出来上がったのが、100%メイド・イン・トスカーナのロンドン・ドライ・ジン「ジネプライオ」だ。その名はイタリア語でねずの木の茂み、を意味する。さらにトスカーナで、「ジネプライオに入り込む」と言えば、「難しいことに挑戦する」という意味である。タンカレーやボンベイ・サファイアといった巨大ブランドが占拠する業界に、小さなメーカーがあえて挑戦することを自ら鼓舞する為につけた名前だ。 発売後の評判は上々で、ジンのメッカとも言えるロンドンのラグジュアリーなホテルのバーでイタリア製のジンとして唯一扱われるまでになった。しかし、そこで終わることなく、彼らはまた新たなジンを生み出した。アルコール度数57度のネイビー・ストレングス・ジンだ。このジンは、単にアルコール度数を高めたのではなく、アンフォラという壷で6ヶ月熟成させている。アンフォラは、古代ローマ時代から液体用の、またワインの醸造・貯蔵に使われてきたテラコッタ製の壷である。古代ローマ時代よりもはるか昔、ワインの生まれ故郷と言われるジョージアでも使われ、現在もワインの熟成や、醸造熟成に使うワイナリーもある。ただ、「ジネプライオ」の熟成に使うアンフォラは、テラコッタ製ではなく、テラコッタの破片や砂、石、繊維、セメントなどを混ぜ合わせて固めたコッチョペストと呼ばれる素材で作られている。コッチョペストはテラコッタに比べ、撥水性が高く、古代ローマ時代には道路や水道橋の舗装に使われたという。高い撥水性のおかげで蒸発を防ぐ為にテラコッタの内側をガラスコーティングする必要はなく、また、外気温の変化に強く、さらに酸素透過も確保できる。木樽と比べても酸素透過率は若干高く、また、樽由来の香りに影響されずに済むので、ジン本来の香りが守られながら、熟成が進むのである。出来上がったネイビー・ストレングス・ジンは、アルコール度数45度のドライ・ジンよりも味わいが柔らかく繊細で、とても57度もあるとは思えないエレガントな仕上がりだ。 古代ローマの知恵と、テロワールという現代の知識を組み合わせたトスカーナのクラフト・ジン。スピリッツの世界に新たな一石を投じる存在となるだろう。SAPORITAをもっと見る
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