コロナ後の未来へ1 エノテカ・ピンキオーリの場合
ロックダウン第二段階「Fase 2 ファーゼ・ドゥエ」とともにレストラン再開へのカウントダウンが始まり、イタリア料理界もいよいよ慌ただしくなってきた。特にイタリアを代表する有名シェフ、有名オーナーたちの発言はこれからのイタリア料理界の未来への指針を示すものとしていま特に注目されている。誰もが知りたいのはもちろん「レストランは生き残れるか?」という命題だ。WebマガジンDissaporeに掲載されたミシュラン3つ星「エノテカ・ピンキオーリ Enoteca Pinchiorri」エグゼクティヴ・シェフ、リッカルド・モンコ Riccardo Moncoのインタビューをここにまとめた。 Q:すでに「エノテカ・ピンキオーリ」再開について、方針は決まりましたか? A:他のレストランと同じです。テーブル同士の距離を取り、新しいメニューを考えているところですが、メニューにも少し変更があるでしょうね。今は本当にいろいろなことを考えてはいますが、具体的にはまだなにも決められない。それはわたしたちに何ができるのか?そしてこの社会はどうなるのか?によって変わってきますから。再開に向けた準備はできています。しかしまだ不安を抱いている人も多いですし、そうした人たちはおそらくまだ外出はしないでしょう。毎日窓から外を眺めては、早く事態がよくなるようにと考えています。 Q:オーナーはなんといってますか? A:ジョルジョ・ピンキオーリとアニー・フェオルデは真っ先にわたしたちの仕事について保証してくれましたし、ふたりとも未来がどうなるかこれからどうするべきか毎日考えています。でもそれは状況次第です。どんなお客さんがこの店にきてくれるというのか?それは再開当日までわからないのです。 Q:確かに、この街フィレンツェは観光と密接な関係にありますから A:観光という点ではヴェネツィアやローマと同じですがミラノはちょっと違います。「エノテカ・ピンキオーリ」は観光客が中心でした。イタリア人が多かったり、外国人が多かったり、それはもちろん季節によりますが、大抵の3つ星レストランは同じだと思います。でも、おそらくそういう顧客のことは、いまは忘れないといけない。つまり新しい顧客を開拓しないといけないのです。レストランはこれからはいままで以上に、観光客相手ではなく、いかにイタリア人の顧客と向き合うかを考えないといけないでしょう。それは顧客の数が減ることにもなりますが、市場のバランスにもつながります。つまり以前はフランスとかアジアとかに出掛けていたイタリア人もこれからは国内旅行しかできなくなる。それによってイタリアという国を再発見し、新しいレストランを開拓することになるのではないでしょうか。 Q:休業ではなくデリバリーをするという選択はありませんでしたか? A:それは考えませんでした。わたしたちは高級店というカテゴリーであって、デリバリーとは違うジャンルです。ミラノだったらそれもいいかもしれない。でもフィレンツェの顧客はそれを望まないのです。 Q:例えばボットゥーラがやっているような前売り制度とかはどうでしょう? A:考えたこともありましたし、過去には同じようなスペシャルプラン「ピンキオーリ・エクスピリエンス」を販売したこともあります。でもいまはなによりも今後どんな料理をどんなスタイル、そしていつまでやればいいのか、それについて考えることが先決です。 Q:今後ファインダイニングの世界も変わると思いますか? A:わたしたちレストラン関係者は全員自分たちのアイデンティティを守りたいと思っているはずです。でも今後具体的にどう動くべきか、それがなによりも大切です。例えばわたしたちのレストランでは、イタリア人はデグスタツィオーネよりもアラカルトを好むことが経験上分かっています。つまり、今後おそらくはコースを減らし、アラカルトを増やすことになるかと思いますが、それを決めるのもまだ時期尚早です。どれだけ仕事ができるのか、にもよりますから。 Q:ソーシャル・ディスタンス、マスク着用などが義務付けられたファーゼ・ドゥエをどうみていますか? A:まずマスク着用に関してですが、我々「エノテカ・ピンキオーリ」は名古屋にもレストランがあります。そこではすでに高層ビル内で働く全ての従業員にマスク着用が義務付けられています。それは日本とイタリアの文化の違いともいえるでしょう、これまでイタリア人は、そうした習慣や文化は無かった。日本でももちろんこれほどまで厳しくはありませんでしたが、それは他人に風邪をうつさないというリスペクトから来る文化です。わたしたちも顧客への予防という点においてその点をきちんと認識しないといけません。 Q:「エノテカ・ピンキオーリ」のような高級レストランでも、今後も以前のようなスタイルを守っていけるのでしょうか? A:そう信じています。レストランとは名前ではなくスタッフによって成り立っており、そこが他と違いを生み出すポイントです。ここ数ヶ月の苦労もあり、わたしたちの仕事への意欲は前よりもずっとずっと強くなっています。ハイレベルなサービスはもちろん維持したい。以前よりももっと注意を払い、もっと切磋琢磨し、もっともっとメイド・イン・イタリーを追求したいのです。 Q:メイド・イン・イタリーの追求とは? A:この困難な状況はわたしたち自身にイタリアの価値というものをあらためて教えてくれました。イタリアという国は素晴らしい食材で満ちていますが、いまその意味、ありがたさを日々実感しています。ロックダウンの時間を生かしてベランダで家庭菜園に励む人もいますし、パンを作る人が増えたおかげでいまは酵母も売り切れ状態です。こうしたことはどの国にでも起こるわけでは無い、わたしたちイタリア人は常に知的な刺激を求め、困難な状況下でもどうしたらよいか?を常に頭で考え続けているのです。 Q:あなた自身はいま、この自粛期間中をどう過ごしていますか? A:毎日家族のために料理を作ってますが、私の家でももう酵母を使い切ってしまいましたよ。日々料理しながら今後どうすれよいか?なにを作ればいいか?と考えることで自分のスキルを鍛え続けています。実際問題、試作もなしにいきなりメニューに新しい料理を加えることは難しいですからね。そうした新しい料理をスタッフとシェアして、お互いに意見交換をしたりもしています。 Q:スタッフはなんと言ってますか?A:みんな不安がってはいますが、未来を信じていると思います。希望はあります。とにかく再出発しなければいけない、それは決まっています。休業前よりもより強く、より連携しながら。でも一体世界は今後どんな風に変わってゆくのだろう?みんな心配そうに話してますよ。でも私自身はそうした変化を前向きに考えています。おそらく「エノテカ・ピンキオーリ」は昔のスタイルに戻ると思います。つまり一度過去に戻ってよりシンプルな、より原型に近い料理に戻らないといけない。ロックダウンが終わって食事に来る人は、きっと何ヶ月も家で食べていたものとは違う料理を食べたくなると思うんです。いま誰もが家でピッツァを作ったりしていますが、毎日ピッツァばかり食べるわけにもいかないし、本当はプロのピッツァ職人が作るピッツァを食べに行きたくてしょうがないはずです。わたしたちのレストランにも同じことがいえます。クリエイティヴィティや新しい料理を体験したい、そういう欲求はきっと人々の中には残ってはずですから。
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