コロナ後の未来へ2 レ・カランドレの場合
短期集中連載「コロナ後の未来へ」第2回はパドヴァの3つ星「レ・カランドレ」シェフ、マッシミリアーノ・アライモ Massimiliamo AlajmoがGambero Rossoに語ったインタビューを再録。まだ「ファーゼ・ドゥエ」の気配もなく、先が全く見えなかった3月26日の記事だが、その洞察力は示唆に満ちており未来への期待を抱かせるものだった。
「わたしは鉛筆で文字を書くのが好きなんです。軽いタッチでデザインもできるし、なんともいえない鉛筆の芯の香りがまた心地よい。そうした動作は目に見るものだけだはなく、見えないものをも紙の上に残してくれる。なぜならば鉛筆によって書かれた言葉とは紙に吸収され、紙の一部となるからです。それはつまり、わたしたち自身の言葉の意味を知ることにもつながります。描かれた言葉はたとえ消しゴム消したとしてもわたしたちの中に残っていて、次のステップへとつながってゆくのです。」 この冒頭の表現を理解するには、昨年マッシミリアーノが語ってくれたことをもう一度引用するのがよいかと思う。昨年6月「レ・カランドレ」でインタビューした際に、彼がいま重要視する料理のエレメントは「目に見えない=インヴィジブルなものだ」と語ってくれた。皿の上に現れるのはあくまで形而下的存在であり、香り、時間、思考、歴史、哲学、理想、空想といったエレメントは決して目には見えないけれど料理を構成する上で非常に重要だ、と。
わたしたちは誰もが発酵段階にあり、発酵が終わればより膨らみ、より固く、より活発になるはずです。それはまさに酵母がなせる技であり、ワインになる前段階のモストのようなものです。」
発酵が社会にもたらす変革 「こうした発酵を通じて分子はエネルギーを獲得します。古代ギリシャの哲学者たちは、発酵とはより優れた物体となる変態なのだ、といいました。アラブ人は発酵や不老不死の妙薬、錬金術の研究に多くの時間を費やしました。ラテン語の “fermentum”とはアラブ語では「妙薬」や「精神」を意味するのです。 コロナ後にガストロノミーの世界はどうなるのか、それを理解するには私たちがどうなるのかを理解しなければならない 長い断食の後は料理がとても美味しく感じらます。コロナ後に初めてバールで味わうエスプレッソの味はきっと忘れられないものでしょう。家庭用のカプセルを使ったエスプレッソとは比べ物にならないはずです。わたしの考えとしては、最大限の注意を払って最良の味を抽出することです。それこそが、いまわたしたちが求めている味なのです。それはごくごく自然なことだと思いますよ。」 レストランの現在と未来 「わたしたちファインダイニングのレストランは、おそらく全業種の中で最もダメージを受けています。いまやどのレストランも、厨房から完全に炎が消えました。唯一できることは食事を家庭に届けること。しかもリビングではなく玄関先で。ソーシャルディスタンスが必要ですからね。今の政府の方針、緊急事態宣言を支持します。これが終わればわたしたちも立ち上がることができるでしょう。それは全員が切望していることです。それには強い意志と、必ずなんとかなるという共通意識が必要です。それは今後の規制方針にもよりますし州ごと、街ごとに方針も異なるでしょう。それでもわたしたちは「イタリア人であること」をやめたりはしません。それこそがわたしたちイタリアの資源であり財産であり、成長につながるものだと信じています。それは非常に良い機会でもあります。イタリアの街も食材も人々を魅了しつづけることでしょう。「 イタリアを愛する 「いま考えないといけないのはイタリアを無駄遣いするのではなく、その価値をリスペクトするということです。全員がこの国の文化を守り、人に伝える。ホスピタリティもその本当の意味が問われます。傲慢や妬みといった不必要な感情はもういりません。わたしたちは家族となる必要があるのです。生産者から漁師、農家、料理人へといたる連携はより強固にし、必ず守り抜かないといけません。それは何よりも、生産者を支えるという意識が重要なのです。わたしたち料理人にとって人に喜びを与え、それを生産者たちにフィードバックすることも重要です。でもそれにはまず、わたしたち自身が喜びながら仕事できる、そういう環境が何よりも大切です。」 ペースダウンする良い機会 「かなり長いこと、世界は不健全な経済状態にありました。いまはそれが急速に減速している。わたしたちは、目的もなく走りつづけることはエネルギーの無駄使いであり、方向感覚をなくしてしまうことを学びました。いまわたしたちは、それを見直すとても良い機会に直面しています。健全な経済とは将来をリスペクトすることです。なにをするか?は重要ではなく、どうするか?が問題なのです。わたしたち一人一人の行動は以前よりさらに重要になると思います。過去を理解し、未来に備えることは今後何よりも重要になるでしょう。いま、わたし料理人の仕事には人間の尊厳が問われています。連帯して乗り越える、プロ同士がお互いをリスペクトする。他人をリスペクトすれば、自分のこともリスペクトしてもらえる、世の中とはそういうものです。わたしたち一人一人が自分の役割を果たすことができればこの国はより幸せになる、さもないと子供に夢を与えることもできなくなりますからね。」  

SAPORITAをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

About the Author

Masakatsu IKEDA

Masakatsu IKEDA

池田匡克 Masakatsu IKEDA ジャーナリスト 1967 年東京生まれ。出版社勤務後1998年イタリアに渡り独立。旅と料理のビジュアル・ノンフィクションを得意とし、イタリア語を駆使したインタビュー、取材、撮影、執筆、講演活動を日本、イタリア両国で行う。主な著書に「シチリア美食の王国へ」「イタリアの老舗料理店」「サルデーニャ!」「フィレンツェ美食散歩」「Dolce!イタリアの郷土菓子」「世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ」など多数。2005年よりイタリア国立ジャーナリスト協会所属。2014年国際料理大会Girotonno、Cous Cous Festに日本人として初の審査員に選ばれる。2016年レポーター・デル・グスト賞受賞。2019年ピクトゥーラ・ポエシス文化部門賞受賞。Facebook,Instagram:Ikedamasa

View All Post

Select Your Style

Pre Define Colors

Custom Colors

Layout

0
    0
    お買い物カゴ
    お買い物カゴは空ですSHOPに戻る