代々木上原イル・プレージョの本格を味わう
代々木上原にある「イル・プレージョ Il Pregio」オーナーシェフ岩坪慈氏はアクアパッツァの日高良実シェフに師事したのち2003年に渡伊。ジェンナーロ・エスポージトの「トッレ・デル・サラチーノTorre del Saracino」はじめイタリア全土のレストランで研鑽を積み帰国。2012年には「イル・プレージョ」をOPENし2014、2015年にはミシュラン東京で1つ星に輝いた。前回訪問した2013年以来7年ぶりに訪問したのは、まだ東京都が緊急事態宣言下にあったある日のランチ。テーブル間隔をあけてソーシャルディスタンスを遵守するなど新型コロナ対策にも気を配り、この時期はまだランチから早めのディナーまで要予約の通し営業。多くのレストランがアフターコロナの営業スタイルを模索する中、コース一本で勝負する「イル・プレージョ」の現在形の料理をどうしても試してみたく、代々木上原まで足を運んだのだった。 この日のコースはアミューズ、前菜、プリモ2、セコンド、デザートの6皿で構成されるコース。最初に登場したアミューズは「蛍烏賊、カカオクレープ、らっきょう、ンドゥイヤ」。この春は豊作だった蛍烏賊にカカオのほろ苦いクレープを巻き、エシャロットそのものといったらっきょうとンドウイヤのアクセント。添えられているのは「筍、パンナコッタ、黒オリーブ 」やや塩味の効いた緩めの塩パンナコッタは上質なブッラータを思わせる。写真にはないが、添えられた「パルマ産生ハムのブロード」を口に含むと、久しぶりのイタリアの香りに一瞬気が遠くなりそうになった。 前菜は「くぬぎ鱒40度調理 サルモリッリオソース ホワイトアスパラガス、オカヒジキ、芽葱」静岡産くぬぎ鱒に低温調理で熱を加えると、よりテクスチャーがしまって味わいが増す。それにシチリア家庭料理でよく登場するサルモリッリオのソース。オレガノの香りが心地よく、おかひじきはこの時期フィレンツェでよく食べる春の味覚アグレッティを思い出した。 メニュー外から岩坪シェフのスペシャリティ「カボチャとフォワグラのスプーマ」滑らかなカボチャのスプーマの下にはファワグラが隠されている。甘みと塩味、ドルチェサラートのコントラストは「ダル・ペスカトーレ」のカボチャの手打ちパスタを思い出した。続くパスタは「タヤリン 秋田県白神山地から届いた天然山菜」非常に細く繊細なタヤリンにフキノトウなど8種類の山菜をソースやフリットにして共に味わう。これもこの時期にしか味わえない春のパスタ。「赤ワインのリゾット 長芋、マカンボ、シラス、黒胡椒」はカルナローリ米を使った噛みごたえある北イタリア的リゾット。「子羊のロースト ミントのソース、アーティチョーク、牛蒡」は柔らかく火を入れた子羊もさることながら、アーティチョークのピューレと、きんぴらをおもわせるバルサミコを使った牛蒡のソテーの組み合わせはローマの春を思い出した。最後のドルチェは「焼きバナナのジェラートとそのズッペッタ」バナナは、ともすれば子供っぽい味わいになりがちな食材だけれどカラメリゼしたり、チャルダと一緒にジェラートにしたりと、技巧を駆使して最後まで飽きさせない素晴らしいデザートだった。 食後にしばし岩坪シェフと語らう。コロナ後の未来、日本におけるイタリア料理の現在形など。この時期都会にあるイタリア料理店は軒並み休業、もしくは全く人通りがないような状態だったが、住宅地にある「イル・プレージョ」は近隣の常連客に愛されているという稀有な事実を再確認できたのではないだろうか。イタリアの有名店で修行した日本人料理人たちが、帰国後トラットリアとして各地の伝統料理を提供している姿を見るとここまで各地の郷土料理が食べられるのはイタリア以外では日本ぐらいだろう、と改めて思う。しかし常に頭に浮かぶのはパスタメーカー「フェリチェッティ社長リッカルド・フェリチェッティが言った「日本には郷土料理を出すトラットリアは多いが、ガストロノミーを追求するリストランテは少ない」という観察だ。それはミシュラン東京における日本のイタリア料理への評価にもいえること。日本というマーケットは高級イタリア料理を嗜好していないか?いや、決してそんなことはないと思う。例え小さい店であっても、教科書通りではないオリジナルのコースメニューを構成し、自らのイタリア力を注ぎ込んで仕事をする料理人を見ると、嬉しくもあり、また誇らしい気持ちにもなる。イタリア料理愛好家にとって、岩坪シェフの仕事ぶりはまさにそんな気持ちにさせてくれるはずだ。

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