再開を寿ぐ 祖師ヶ谷大蔵のリストランテ「フィオッキ」
6月4日、祖師ヶ谷大蔵のリストランテ「フィオッキ」はそれまでの緊急事態宣言に伴う臨時業態から、ほぼコロナ禍以前の業態に戻った。その前週には、夕方から20時まで、4日からは18時から22時までの営業(土日祝は昼も営業)となり、それまでテイクアウトの受け渡し専用となっていた店内は、真っ白なテーブルクロスが目にもまばゆいリストランテに蘇ったのである。ただ、客席はテーブルを一つおきに、隣り合わせでも十分なスペースを確保しなければならず、お客としてはゆったりと寛げるが、お店にとってはなかなか辛い仕様である。それでも、空いたテーブルには花が飾られ、フィオッキの料理を楽しもうと訪れた人に、浮世の憂さを忘れてもらおうという心意気が感じられる。 用意されているのは、12000円のコルソ・オーロ(フルコース)と19時スタートのコルソ・アルジェント(ショートコース 9000円)の二つ。ワインは200のエチケットが揃うセラーからボトルで選んでもいいが、3種類4000円または6種類8000円のペアリングもある。前者はトータルで300ml、後者は600mlと量も明朗なので、体調や体質に応じて選択できる。何よりも、旬の素材を駆使して構築されているコースに合わせるのだから、あらかじめ考えぬかれたペアリングを選ぶ方が妥当だ。 18時開店の少し前、店の前にはすでに数人が待っていた。一様に少しドレスアップしたカジュアルエレガントな装いで、語弊を恐れずに言えば庶民的な商店街ではちょっと見かけない雰囲気を漂わせている。お待たせいたしました、と開かれた扉から順に入り、それぞれ案内されたテーブルに着いて見回すと、お客の装いがこのお店の空間にぴったりと合っていることに気がついた。その瞬間、「フィオッキ」が時間をかけて育ててきたものがわかったような気がした。日常からしばし離れ、心を尽くした料理をゆったりと流れる時間の中で楽しんでほしいというレストランの思い。それをひとたび受け取って以来、またあの時間に帰りたいと願うお客の思い。この二つが相まって今の「フィオッキ」を作り上げてきたのかもしれない。 この日のコルソ・オーロは、「植松さんのサーモン ズッキーニ キャビア」を載せた小さなブルスケッタでスタート。料理名には生産者や産地が明記され、日本の各地で優れた素材を作り出している人々への敬意が示されている。続いて「二宮さんの鴨のスープのストラッチャテッラ」。こっくりとした旨味の鴨ブロードにふんわりとした卵とチーズのかきたま汁がお腹を温めてくれる。「天然真鯛と山本さんのグレープフルーツ<弓削瓢柑>のテリーヌ」は、真鯛の身のカルパッチョもさることながら、テリーヌにした真鯛の皮の香ばしさが際立ち、そこに弓削瓢柑の爽やかな香りが余韻となって残る。ここまではワインペアリングには含まれないロンバルディア産シャルドネ100%のスプマンテを。メトドクラシコの48ヶ月熟成、キリッとした酸味とそのあとにやってくるコクが食欲を刺激してくれた。 続いて「横山園芸さんのエディブルフラワーとルーラルカプリさんのフロマージュブランのフリッタータ」はまず、「焼いてしまうと花が見えなくなってしまうので」とボウルに入った材料を見せてくれる。ほどなくして現れたフリッタータは確かに先ほどの鮮やかな花の姿は見えなくなっていたが、ふんわりと焼き上がり、上にあしらった生ハムとともに実に魅力的に映った。食感軽く、味わい優しく、脂を綺麗にカットした柔らかな生ハムのほのかな塩気が全体のバランスを整える。ここでワインはペアリングのマッテオ・コレッジャのロエロ・アルネイスに移った。
ペンネ その日の貝と秋田の天然山菜のソース
次はプリモ的な一皿「ペンネ その日の貝と秋田の天然山菜のソース」。つぶ貝のコリッとした歯ごたえとぬめり、山菜のほろ苦さと青い香り、海と山から届いた春の名残の味である。ペアリングワインは、イタリアを少し離れてオーストリアのロゼ。フローラルな香りと果実の風味がとてもよく合う。続いての「棚田さんの天龍鮎のコンフィ 鮎魚醤のソース」は、春から夏へと季節の移り変わりを感じさせる一品。 さらに、堀川シェフのシグネチャーディッシュである「天草産 天領牡蠣 〜森の香り〜」では、海の牡蠣に森のきのこのソースで、再び山海の春の名残を印象づける。クライマックスは「仔羊の藁包みロースト」。切り分ける前に、包んだ紙を開き、藁の中に眠る仔羊肉を見せてくれる。傍らには灰埋みのじゃがいも。ミディアムレアの美しいロゼ色の仔羊にはすでに塩が絶妙に入っていて、添えられた塩はほとんど不要。ほっくりとしたじゃがいもにはバターを添えて無敵のじゃがバターに。対するワインはイタリアに戻り、堀川シェフゆかりの地ピエモンテからバローロである。 デザートのプレリュードは、「山本さんの南津美とストラッキーノ」。柑橘の滴るようなみずみずしさと完熟した甘み、ストラッキーノの酸味となめらかなコクが、ジェラートとジュレに閉じ込められている。そしてコースの最後を締めくくるのは、「森川農園さんのアスパラガスのスフォルマート ハチミツとビールのジェラート」。前菜やコントルノとしてはお馴染みのアスパラガスのスフォルマートが、「何言ってるんですか、私の可能性は無限ですよ」と言わんばかりの堂々たるドルチェぶりを見せる。ビールの苦みがアクセントのハチミツジェラートが主役のアスパラガスを盛り立てる熟練の脇役者のよう。 ここまでの一連は流れるようなリズムとともに、スマートにサービスされた。しかし、先だって取材で厨房を覗かせてもらっい、あの限られた空間で少なくない人数のスタッフが秒刻みの仕事をこなしていることを知っている身としては、扉一枚隔てた向こうの壮絶な世界が想像できる。だからこそ、この偶さかの非日常を存分に享受することが、作り手への最大の賛辞になるのではないか。そして、もはやコロナ以前には戻れない現実の中で、料理を志す人をいかにして支えるかを考え続けなければならない。  

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