ビートルズをテーマにしたOsteria Francescanaの新メニュー
マッシモ・ボットゥーラ率いる「オステリア・フランチェスカーナ」が2020年6月3日、ついに再開した。3月10日の記事にあるように、北イタリアにおけるロックダウン開始直後の3月8日、ボットゥーラは「オステリア・フランチェスカーナ Osteria Francescana」「フランチェスケッタ58 Franceschetta 58」「カーサ・マリア・ルイージア Casa Maria Luigia」の3軒全てを4月8日まで全面的に休業すると宣言したが、結局延長、再延長があり本格的に再開するまでには結局3ケ月を要したのだ。その間34万4000件のキャンセル街を含む予約を全てキャンセルし、自宅待機期間中はレシピ動画をSNSにアップ。その収益からモデナ市に救急車を寄付する活動も行い、ミラノでは「フランチェスケッタ58」のポップアップ・デリバリーを行ったこともあった。この3ケ月というもの、さまざまなリモート活動をしながらもボットゥーラの頭の中には新しい料理のアイディアが目まぐるしく点滅していたのだろう。そうしたアイディアを集めた新メニュー「ウイズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ With A Little Help From My Friends」が「オステリア・フランチェスカーナ」再開とともに発表された。いちはやく試食に訪れたGambero Rossoのレビューと写真(Photo by Stefano Caffarri)を元にボットゥーラの新しい料理の世界を分析、解説してみたい。 古い音楽ファンならお分かりかと思うが「With A Little Help From My Friends」とはビートルズが1967年に発表したアルバム「サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド」におさめられた曲のひとつ。今回の新メニューについて、ボットゥーラはビートルズの楽曲からインスピレーションを得ている。「友人の助けとともに」というのは言うまでもなく、今回のロックダウン期間に自分をサポートしてくれた友人、知人、家族の存在がどれだけ重要だったかを再認識し、そうした感謝の念をアウトプットしたものである。ボットゥーラの音楽好きは有名で「カーサ・マリア・ルイージア」には自らのコレクションであるLP盤数千枚を収めたミュージック・ルームもあるほどだ。「With A Little Help From My Friends」のメニューはもはや料理メニューではなく、ボットゥーラがおそらくは10代の頃、カセットテープで繰り返し聞いていたお気に入りの曲を集めたプレイリストだ。ボットゥーラがまだ「イタリア料理の破壊者」と呼ばれていた90年代ならば、おそらく料理評論家たちは今回のメニューを見て「わけがわからない」「これはイタリア料理ではない」と評したことだろう。12皿からなる「With A Little Help From My Friends」(290EURO+ワインペアリング190 EURO)の世界を以下に紹介したい。
Sgt. Pepper’s Loney Hearts Club Band サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
最初のアミューズ的は1967年のアルバム名から「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」。3色のフィンガーフードはそれぞれ酸味が効いたビーツ(ピンク)ミント、バジリコ、ライム(緑)大地を表現したショウガ風味のニンジン(オレンジ)のムース。従来のアミューズは「ウサギのカッチャトーラ」などどちらかといえばナチュラルなベージュ・トーンが多かったが今回は一転してサイケデリックなアルバム・ジャケットをイメージさせる原色の世界で、ナチュラル・トリップの世界へと誘ってくれるかのようだ。
A Day in the Life ア・デイ・イン・ライフ
「カーサ・マリア・ルイージア」で集めたハチミツを使ったブリオッシュにクリスタル・ソルト。同じく「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に収録された曲「ア・デイ・イン・ライフ」。タイトルから連想されるのはモデナ郊外にある「カーサ・マリア・ルイージア」で過ごす休日。なにげなく平凡に見える1日でも人生の中では二度とくりかえされることのない貴重な1日である。おそらくボットゥーラはロックダウン中、そう自問自答していたのではないだろうか。しかしビートルズの「ア・デイ・イン・ライフ」は多分にLSD体験に基づく幻覚、トリップ的あるいは性的な表現が含まれていることでBBCでは放送禁止になったこともあるという。
Cellophane Flowers & Kaleidoscope Eyes セロファン・フラワー&カレイドスコープ・アイズ
コウイカ、イカスミ、ホタテ、ムール貝、ボッタルガ。近年のボットゥーラの料理を食べたことがある人ならわかるだろうが、これはボットゥーラのメニューにしばしば登場する「シーザーサラダ」のスピンオフだ。ボットゥーラとシーザーサラダの話は「世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ」にも書いたが、ララの父親がボットゥーラととあるNYのレストランで会食中「最高のシーザーサラダを食べさせてあげよう」と話したというエピソードに由来している。90年代から様々な形でこのイタリア料理ではないイタリア料理「シーザーサラダ」に挑んでいるボットゥーラだが、近年では「シーザーサラダ・イン・ブルーム」のようなロメイン・レタスをベースとした小さな花束のようなプレゼンテーションでしばし登場する。その変化形にシーフードを使った「インサラータ・ディ・マーレ」があるが、これはその最新形と解釈される。スカンピとホタテとの甘味が表面にあり、進むにしたがって徐々に海深く、色調も暗くなってゆくという構造だ。イカスミ、ムール貝、シャコのジェル、ヨードを感じる苦味、柑橘の香り。タイトルの「セロファン・フラワー&カレイドスコープ・アイズ」とは「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」の歌詞「万華鏡の瞳を持った少女、黄色や緑のセロファンの花」に由来する。

Yellow Submarine イエロー・サブマリン
ヒラメ、ジャガイモ、パイナップル、ダイコン、エディブルフラワー。「イエロー」という言葉、そしてビジュアルから連想するのはタカこと紺藤敬彦の代表的デザートのひとつ「イエロー・イズ・ベッロ」だ。それはイタリアの伝統的なトルタ・ディ・ミモザにインスピレーションを得て、女性へのリスペクトを込めたもの。つまりは紺藤の妻カリメへの思いを込めたデザートである。この「イエロー・サブマリン」はクリスピーなフィッシュ・アンド・チップスで、オリジナルはサフランを使った焼きリゾット「リゾ・アル・サルト」だという。アイヨリ・ソースで地中海的な香り、パイナップル・グリルのフュメで酸味をプラス。ちなみに原曲の内容は、年老いた船乗りが若者たちに海での生活を語るというストーリーだが、これもまた薬物についての曲だという解釈もある。

Strawberry Fields ストロベリ・フィールズ
タイトルは有名曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」から。イチゴ、ランブルスコ、小エビ、モッツァレッラ・アッフミカータ、山椒のガスパチョ・リゾット。一見するとトマトのリゾットだが、メインテーマであるイチゴ=ストロベリーなど赤の要素が隠されているトロンプルイユ的な料理。3シーズンほど前から夏のメニューにはしばしばガスパチョ的要素が登場するが、これはエミリア地方の味付けのベース、アグロドルチェ=甘酸っぱい、を体現しているが故。アグロドルチェの代表的食材はアチェート・バルサミコだ。

If l’m Wrong l’m Right イフ・アイム・ロング アイム・ライト
グリーンカレーとタラ。タラは低温調理で独特の食感を残しつつ火入れしてある。これはボットゥーラの代表的魚料理「メディテラネオ」を彷彿とさせる。皿にはグリーンカレーがスタンプしてあり、これをナイフで拭いつつタラとともに食べる。グリーンカレー、ココナッツミルク、緑系の柑橘(ベルガモットか?)、さらにミント、バルサミコの香りがコントラストを与える。一見矛盾したように見える、シェイクスピア的なフレーズは「Fixing a hole」の歌詞の一部。

We Are All Connected Under One Roof
パンチェッタ・アッフミカータとアサリのラヴィオリ、ニューイングランド州のクラムチャウダー。ラヴィオリというよりは焼売を思わせるようなプレゼンテーションの詰め物パスタはアメリカ東海岸のソウルフード、クラムチャウダーソースととともに食べる。海と山の食材のコントラスト、西洋と東洋の出会い。「ひとつ屋根の下のもとに」というコンセプチュアルなタイトルは、かつて同様に中国料理とイタリア的アプローチを試みた問題作「Cina e’ lontana 中国は遠い」へと通じる。
Who’s Afraid of Red Yellow Green and Orange
北京ダック風鳩のグラッサート、ブルーベリー、サンブーコ、チェリーのソース アプリコットと鳩のクロッケッタ。これはボットゥーラの近年の代表作のひとつ「Autumn in New York」のスピンオフであることは間違いない。ビリー・ホリデーの名曲にインスピレーションを得た同料理は、セントラルパークに積もるさまざまな食材で秋の枯れ葉を表現し、数種類の調理法で鳩を食べさせてくれた。今回の新作は血合いの優しさから大地を連想させる鳩の胸肉と一口サイズのクロッケッタのコントラストを楽しむ。料理名はビートルズではなく、コンテンポラリー・アーティストBarnett Newmanの作品より。ヨゼフ・ボイスやマーク・ロスコ、アンディ・ウォーホルなど多くのアーティストがボットゥーラの料理に影響を与えた。

In and Out of Style
最初のデザート、牛乳、フォワグラのクレームカラメルとマヌカハニー。フォワグラがボットゥーラの料理にしばしば登場するのは最初の師匠であるフランス人シェフ、ジョージ・コグニーへのオマージュだ。一見奇妙な味付けに思えるかもしれないが、塩味的デザート、ドルチェサラートは、真の意味での甘いデザートとそれまでの塩味主体の料理をつなぐ重要なリンクだ、とボットゥーラはつねづね語る。そう考えるとこの料理名の意味も明確になるのではないか?またプレゼンテーションはこれもボットゥーラの永世定番である「ポー川を上るウナギ」を思い出させる。

Summer Is Coming
ヨーグルトのスプーマ、グリーピース、イチゴ、ニンジン、小豆、紫蘇のグラニータ ジャガイモとバジリコの折り紙。日本的要素を取り入れたグラニータ、と言っていいだろう。これまでの一連の料理からデザートに移る前の口直し、というにはあまりに上品すぎるが、スイッチを入れ直すための一口サイズの芸術。様々な色彩のグラニータを食べつつ、掘り進めてゆくと最後に大地、粘土を思わせるヨーグルトが登場する。
In Thea Sky Without Lucy
タイトルはもちろん「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」へのオマージュ。しかし空にはルーシーはいない。ローストした桃、ブルーベリー・ソース、ローズマリーのジェラート、バラのメレンゲ、綿あめ、アマレッティ。こう書いただけで想像しがたい複雑な味の重層的デザート。青い綿あめを空と雲に見立て、しかしその空にはルーシーはいない、とボットゥーラは歌う。

Sgt. Pepper’s Loney Hearts Club Band (reprise)
サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(リプライズ)
アルバム同様、最後の曲は再び「サージェント・ペッパー・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」。柑橘とチョコレート、としかGambero Rossoの記事には説明がないのだが、これは最初に登場したサイケデリックなフィンガーフードが違う味わいで再登場、そしてアルバムを締めくくるという意味と思われる。右奥にちらりと見えているのは名作「カムフラージュ」。ノウサギの血、フォワグラ、モスコバードシュガー、カカオ、チョコレートを使った名作はドイツ支配下のパリで迷彩模様の戦車を見たピカソが「まるでカムフラージュだ」と叫んだという逸話に由来する。かつてはフルポーションで登場していたが最近では一口サイズのフィンガーフードで登場することが多い。これもボットゥーラがつねづね言う「歴史や文化を一口サイズの中に閉じ込める」と言う世界観を象徴しているイコニックな料理だと思う。この「カムフラージュ」はフォワグラなど塩味も含んだドルチェサラートなので、ふたたび最初から料理を味わいたくなる余韻を持たせてコースを締めくくる意味もある。まさにリプライズな料理であり、そこまで理解してボットゥーラの料理に対峙すればおそらくは120%その世界観を味わい尽くせることと思う。
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