実録、パネットーネはこう作る。「ピストリーナ・ディオ」の工房訪問

今年6月末、東京・王子にオープンしたベーカリー「
ピストリーナ・ディオ」。赤のエントランスが目を引く店構えだが、ふと目を上に上げるとパネットーネの看板が吊るされている。アルト・アディジェやドイツ、オーストリアなどで見かけるような鋳鉄細工と木板を組み合わせた可愛らしい看板だ。このベーカリーのユニークなところは、イタリアの小麦粉を使ったコルネッティやスフォリアテッラ、セモリナ粉のパンなど、よそではあまりお目にかかれないイタリアの味に出会えること。経営母体がイタリアの「Molino DallaGiovanna」社の粉を輸入し、自社でパンの製造も行っているのだ。
看板メニューとも言えるパネットーネは、基本的に通年製造している。ただ、他のパンと違い、パネットーネ(そしてコルネッティなど数種)はいわゆるイーストではなくリエヴィト・マードレ(自家培養発酵種、以下マードレ)を使うため、店内の工房ではなく、本社「モリノオーログラーノ」(以下モリノ)のラボで作っている。クリスマスに向け、これからがパネットーネ作りの最盛期。住宅街にあるラボを訪れ、パネットーネの製造工程を追った。
パネットーネは、他のパンに比べて、製造に手間がかかる上、扱いの難しいマードレを使うため、難易度の高い発酵菓子だ。モリノのパン職人森嶋かな子さんは、イタリアで研修を受け、2008年よりマードレを使ったパン作りを行なっている。マードレは、イタリアに行った折に持ち帰ったり、取り寄せてMolino DallaGiovanna社のパネットーネ専用粉を使って種継ぎをしている。温度などの管理を徹底していても、空気中の雑菌のせいで香りが変わったり、酸が強くなったりすることがあり、そうなるともう廃棄するほかはない。
その気難しいマードレは、厚手の丈夫なポリ袋に入れ、キャンバス布で包み、細いロープでがっちりと縛って冷蔵庫で保存している。パネットーネを作る前にそのマードレを必要量切り出し、微量の砂糖を溶かしたぬるま湯に浸けて洗浄し、水気を軽く絞った後、小麦粉を混ぜてミキサーで練る。さらにそれを手で練り、発酵させてから使用する。
パネットーネ作りは、工程の細部は作り手によって多少の差異はあるが、発酵させたマードレを使い、プレインパスト(準備生地)、インパスト(本生地)の2段階を経て、発酵、分割、成型、最終発酵、焼成、冷却という工程を辿る。今回は、プレインパストを一日目の夕方に行い、二日目はインパストから焼成まで、そして翌朝まで冷却という、ほぼ丸二日をかけた。夕方に仕込んで朝焼いて完成する一般のパンとはだいぶ違う。しかもマードレの発酵という前段階がある上に、マードレそのものの管理にも気を使う。それだけに森嶋さんも、オーブンの中でぐっと生地が伸び上がってくる瞬間は、毎度のことながら達成感を感じるという。
保存しているリエヴィト・マードレ。
パネットーネ専用粉。強い発酵に耐えられるようにグルテンを調整してある。
マードレの発酵準備。必要量を切り出す。切り落とした端は使わない。
砂糖を少量溶かしたぬるま湯に浸ける。
水気を軽く絞ったマードレと粉を合わせてミキシング。
手で練ってから丸め、十文字の切り込みを入れ、ポリ袋に入れて発酵させる。
レインパストを開始。発酵させたマードレとパネットーネ専用の粉をダブルアープのミキサーに入れる。
卵黄、水も加えて撹拌。
生地を引っ張ってグルテンの網ができているか確認する。
撹拌しながら、砂糖を数回に分けて加える。
再び生地を引っ張って確認し、砂糖が生地に溶け込んでいたらバターを投入する。
プレインパストのグルテン網の最終確認。
プレインパスト完成。
発酵具合を確認するため一部を計量メジャーに。翌朝、3倍量になっていればOK。
残りは大型の容器に入れて蓋をし、計量メジャーとともに焙炉へ入れて発酵。
翌朝、さらに粉、砂糖、卵黄、バター、レーズン、オレンジピールなどを加えて完成したインパストを2時間ほど発酵させたもの。
バターを塗った台に生地を出す。
計量しながら切り分け、丸く形作る。
木板に並べて、ラップをかけ、休ませる。
休ませたインパストを再び丸める。ピルラトゥーラと呼ばれるこの工程は、パネットーネの釜伸びを成功させる要。
丸たらすぐに型に入れる。
最終発酵のため、焙炉へ。
発酵完了。マードレの状態によって差があるが、最終発酵は5時間から7時間かかる。
ミラノ伝統パネットーネの印でもある、十文字のクープを入れる。
カミソリを使って、薄皮を剥ぐようにして生地表面を持ち上げて紙型の縁にかける
てっぺんにバターをトッピング。
縁にかけておいた生地を元に戻すと、特徴的な十字形があらわれる。
焼き上がり。
焼きあがったらすぐに串で刺す。
逆さに吊るして一晩冷ます。こうすることで生地が下がることを防ぎ、蒸気が一気に抜けずにゆっくりと冷めていく。
本当は一晩おくが、焼き立てをカットしてみる。
縦に裂くと、生地の気泡を潰すことなくパネットーネ独特の食感が味わえる。冷めて安定した生地のようなマードレ由来の香りは乏しいが、焼きたてのふわふわの食感は格別。通常、一般人が食べることはまずできないが...
見事に窯伸びした生地断面が美しい。こちらは、1ヶ月以上経過したパネットーネ。ややかたくしまっているが、電子レンジで軽く温めればふんわりした食感に戻る。
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