アルマーニ リストランテ東京 カルミネ・アマランテの新しい挑戦
かねてから噂されていたように、この9月からカルミネ・アマランテ Carmine Amaranteが銀座「アルマーニ リストランテ東京」のエグゼクティブ・シェフに就任した。4月のコロナ禍をきっかけにそれまでエグゼクティブ・シェフをつとめていた「ハインツ・ベック」が閉店。前任者ジュゼッペ・モラーノ Giuseppe Molanoからカルミネに代わりミシュラン1つ星、50 Top Italy nel mondo世界3位など、順調に評価を高めていたのだが日本側経営サイドの思惑としてはその結果だけでは満足いかなかったのだろう。「ハインツ・ベック」が4月上旬から休業に入るとカルミネもそのまま自宅待機となり、契約期間満了を迎えた6月には「ハインツ・ベック」は再開することなく静かにその扉を閉ざしたのだった。 その後カルミネは8月にイタリアに一時帰国し、ミラノでアルマーニとのミーティングなど一連の準備期間を経て正式に「アルマーニ リストランテ東京」のエグゼクティブ・シェフに就任したのだが、その肩書きが意味するのは銀座店のみではなく、青山のエンポリオ・アルマーニ・カフェも統括し、ゆくゆくはリストランテ アルマーニ大阪(名称未定)のメニューもカルミネが統括することになるという事実を示している。それはこれまでイタリアのファッション・ブランドとしてはいち早く料理とのコラボレーションに乗り出したアルマーニの方向転換を示す興味深いケースだ。 イタリアにおいてファッション・ブランドと料理のコラボレーションは90年代にはすでに始まり、ミラノのアルマーニ・コンプレックスにNOBUがOPENしたのが始まりだったと記憶している。その後ドルチェ・アンド・ガッバーナやフェンディ、ブルガリ、グッチ、ロベルト・カヴァッリなどがレストラン経営に乗り出したが必ずしも全ブランドが成功したわけではない。いや、むしろ成功してファッション同様ファイン・ダイニングの世界でも高評価を得たのはブルガリぐらいではないだろうか。おそらく、だがアルマーニはそうした現状には満足せず、若きシェフ、カルミネ・アマランテ就任をきっかけにさらに高みへ、「アルマーニ」のレストランから「カルミネ」のレストランへとシフトチェンジして行くように思えるのだ。それはブルガリがルカ・ファンティン Luca Fantinの名を冠してアジアのファイン・ダイニング界で確固たる地位を占めるようになった現実に触発されたのかもしれない。過去「アルマーニ リストランテ東京」はホワイトハウスや故ダイアナ妃の総料理長を務めたエンリコ・デルフリンガー Enrico Delfringerがエグゼクティブシェフを務めた時代もあったが、残念ながら成功したとはいえなかった。SNSはじめ多くのランキングシステムが存在する現代ならまだしも、十数年前のエンリコ・デルフリンガーの登場はやや早すぎたのかもしれない。そんな時代背景を知りつつメニューを眺めると実に感慨深いものがある。なにせ新メニューは「カルミネ・アマランテ」と、シェフ本人の名前が前面に出ているのだから。 さて、その新メニュー「カルミネ・アマランテ」だが、これはカルミネの名作、いわゆるシグネチャー・ディッシュで構成した名刺がわりのコース・メニューといっていいだろう。「ハインツ・ベック」を体験したことがある人ならわかるはずだが、登場するのはカルミネがハインツ・ベックで最後に手がけていたメニューばかりだ。それはおそらく、道半ばで去ることになった「ハインツ・ベック」へのリベンジであり、一度作り上げたメニューへのあくなき執念の現れともいえるだろう。単に美しいとか素晴らしいとか美辞麗句を並べるだけでなく、そうした背景を理解しながら口にする料理は、また一味もふた味も違って思えるはずだ。 最初のアミューズ・ブーシュのあと登場したのは「かんぱちのマリネ、コリンキー、セヴィーチェ」カルミネは日本の魚に関しては徹底的に研究して素材を尊重しているが、決して生のまま出すことはない。そこにはイタリア料理人としての矜持がある。低温調理、マリネなどの手法で魚の旨味を引き出すことに真骨頂があるのだ。最初に魚料理が3連発で登場したのだが、それはあたかも「すきやばし次郎」のハイライト、まぐろ3連発を思い出させた。このかんぱちは一度マリネしてから軽く薫香をつけ、トッピングには生で食べるカボチャ、コリンキーのスライスをトッピング。コリアンダーとタマネギを使った、ペルー風のセヴィーチェ・ソースは酸味がなんとも心地よい。新鮮なかんぱちはとろけるような柔らかさで、塩は最小限。 2皿目は「静岡産アカザエビとタピオカ、セロリのジュリエンヌ、セルフィーユ」だ。日本のアカザエビもカルミネが好んで使う食材で、これは30センチほどもある大きな個体。これを10秒ほど茹でてから殻をむき、背の部分だけソテー。実な甘くて旨味が強い。下に敷いてあるのはリンボのエストラット、きゅうり、ディル、レモングラスとともに似たタピオカだ。これはエビの卵をイメージしているのかなんとも派手な青緑色だ。そしてセロリのジュリエンヌの歯ごたえが全体を引き締めてくれる。 3皿目の魚介料理は「北海道産ホタテとカリフワラー、ケイパーのソース」。カルミネが日本の食材の中でも特に惚れ込んでいるのが北海道産のホタテとウニ。御館は最低限の火入れでその甘みを引き出し、カリフラワーのクリームとケイパーの香りで地中海的なエッセンスをプラス。トッピングのキャビアの熟成香と塩気が淡白なホタテに変化を加える。

「ジャガイモとキノコのバリエーション」は現代のカルミネの代表的料理のひとつだ。これはキタアカリを一度薄く(スフォッリア)剥いてから整形。バターでロースト。下には舞茸、しめじ、シイタケといった日本のきのこのクリームが敷いてあり、トッピングの舞茸は備長炭の遠火で20分あぶり、その香りを十分に引き出し、軽い薫香をつけてある。食べる直前にキノコの出汁=インフュージョンを注ぐ。これぞまさに秋の大地の恵い。ジャガイモとキノコ、という身近な食材をプロの手法で実に上品な料理に仕上げてくれる。

続くパスタは「トルテッロ・ジェノヴェーゼ」カルミネにとってもやはりパスタはアンタッチャブルな存在のようで、伝統的な手法を遵守している。ジェノヴェーゼとはジェノヴァではなくナポリの郷土料理で、タマネギと豚肉をじっくりと煮込んだ家庭料理。そのままで食べても美味しいが、パスタソースにするとぐっとリッチになる日曜日のご馳走だ。カルミネは豚肉ではなく和牛のスジ肉と玉ねぎを12時間蒸し煮にしてジェノヴェーゼを作り、トルテッロという手打ちパスタの中に詰めてある。敷いてあるのはパルミジャーノのフォンドゥータとタマネギをキャラメリゼしたソース。そして仕上げに黒トリュフ。このうまさたるやどうだ。あくまでも郷土料理なのだが、家庭ではここまで上品には作れない。とろけるような和牛とパルミジャーノの相性がなんともよく、とけるような口どけがたまらない。 魚料理からもう1品「平目とジャガイモ」。これは5枚に下ろした平目に塩をして一晩おき、余分な水分を抜いた後切り身を二枚重ねて厚みをつける。見た目のイメージは肉厚のしめ鯖。ほうれん草で巻いてから20分ほど低温調理で中までうっすらと火を通す。下に敷いたのは、レモンで酸味をつけたジャガイモをソースにして食べる。淡白な平目の持ち味を生かし、極力シンプルな素材と味付けで最後まで飽きさせずに食べさせてくれる。 メインの肉料理は「和牛のロースト、茄子とモッツァレッラのクレマ」。これは油が少ない赤身の和牛肉をローズマリーオイルでマリネして香りづけし、55度で2030分低温調理。レアに見えるがレアではなく、とても滑らかでナイフも不要なほどに柔らかい。付け合わせは南イタリアの家庭料理であるナスのパルミジャーナ。グリルしたナスでナスのクリームとトマトのコンフィを巻き、パルミジャーノのクリームとバジリコのソースを添えて食べる。これもまごうことなき南イタリアの味。滑らかな和牛を食べて一瞬忘れかけたイタリアの空気を再び思い出させてくれるのだ。 最後のドルチェは2種類、ともにナポリを代表する味の「スフォリアテッラ」と「ババ・ナポレターノ」。前者は本来ラードを使ったサクサクの生地にリコッタクリームを詰めてあるのだが、これはクリームのみでその味を再現。シナモン風味のクランブルが生地の食感を再現している。後者もナポリの菓子店では必ず見かける代表的なドルチェで、弾力あるスポンジ生地にシロップをたっぷりと吸い込ませ、最後にダークラムをかけて食べる。通常菓子屋でも生地は2回発酵させてから焼くのだがカルミネは3回発酵させる念の入れよう。ことナポリ伝統料理に関してはいっさい手を抜かずに味も忠実に再現しているところにカルミネの郷土愛を感じる。 今回試したメニューは11月いっぱいまでで、メニューは3ケ月ごとに変わる予定。日本の旬の素材を尊重し、極力最低限の火入れで食べさせてくれるカルミネの料理は、一度口にすればやはりイタリア人シェフが作るイタリア料理だと実感することだろう。イタリア料理は高級になればなるほどその郷土料理としてアイデンティティが伝わりにくくなるという宿命を持つが、カルミネの料理の中には、必ず明解なイタリア的キーワードが散りばめられている。それはケイパーに感じる地中海の香りだったり、バジリコやトマト、パルミジャーノといった非常にイタリア的な味だったりする。そうした料理の中に隠されたキーワードをひとつひとつ紐解きながら料理を味わう、それこそが料理でイタリアを旅する、フード・エクスペリエンス体験ではないだろうか。銀座イタリア料理界の勢力図が変わりそうな、そんな予感を感じさせるカルミネ・アマランテの料理はいまが旬。万難を排して訪れる価値がある。
「アルマーニ リストランテ東京」

住所 :中央区銀座5-5-4 アルマーニ 銀座タワー 10&11
電話番号 03-6274-7005
時間 Lunch 11:30-15:00 L.O.14:00 Dinner 18:00-23:00 L.O.20:30
無休
https:  www.armaniginzatower.com 

CARMINE AMARANTEのランチ・ディナーコース25,000円(前日までに要予約)
ASSAGGI 5皿のランチコース 4,500
ARMANI 6皿のランチコース 10,000
MENÙ 6 PORTARE 6皿のディナーコース 10,000

ARMANI CLASSICO 6皿のディナーコース 16,000
GINZA TOWER 9皿のディナーコース 20,000 アルマーニ   リストランテ東京

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