アルトゥージ生誕200年記念ディナー Osteria dello Scudo
今年2020年は近代イタリア料理の父ペッレグリーノ・アルトゥージ Pellegrino Artusiの生誕200周年にあたることから、生地であるロマーニャ地方フォルリンポポリを中心にさまざまな記念イベントが行われるはずだったが、コロナ禍によりことごとく延期または規模縮小。そんな中、日本ではかの名著”La scienza in cucina e l’arte di mangiar bene”の初の日本語訳「イタリア料理大全: 厨房の学とよい食の術」(平凡社 )が予定通り出版されたのだ。同書は1891年に出版されて以来版を重ねて現在も読み継がれている、イタリア料理レシピの大ベストセラー。日本語版出版については昨年11月、世界イタリア料理週間期間中にイタリア文化会館で行われた講演会ですでに発表されていた一大プロジェクトだ。 その内容については同書を見ていただきたいのでここでは割愛するが、去る20201028日(水)四谷三丁目の「オステリア・デッロ・スクード Osteria dello Scudo」で出版を記念した食事会が行われた。出席者は同書監修の工藤裕子中央大学教授、共同翻訳者の中村浩子さん、イタリア料理アカデミー Accademia Italiana della Cucina、そしてイタリア料理関係者ら合計13名。この夜のメニューは同書の中から小池教之シェフと中村さんが厳選してメニューを決定。19世紀末、アルトゥージが遺したイタリア料理を再現した「アルトゥージの晩餐 Cena Artusiana」が行われたのだ。

Antipasto misto (108 Crostino di Capperi, 151 Fritta in riccioli per contorno, 198 Crochette di riso semplici, 391 Sformato di carciofi, 480 Storione in fricandò)

イタリア語料理名の冒頭の数字は同書中のレシピ番号を表しているので、興味がある方は同書を読み込んで見てほしい。まずは5種類の前菜の盛り合わせ。「ケイパーのクロスティーノ 108Crostino di Capperi」当時はパン・カレ、つまり食パンを使っていたという。現代風のしっかりとした食感のイタリア・パンのクロスティーニに慣れた現代人の味覚からすると意外かつ新鮮。干しぶどうが入った甘酸っぱくてレトロな味わい。「シンプルな米のクロケッテ 198 Crochette di riso semplici」はまさにシンプルな白リゾットをパン粉をまぶして揚げたもの。「アーティチョークのスフォルマート 391 Sformato di carciofi」も最近はあまり見かけなくなった、昔風イタリア料理。アーティチョークの味がしっかり出ていて、ローマあたりの古いリストランテを思い出させる。「チョウザメのフリカンド 480 Storione in fricandò」は秀逸!原著によれば「Storione=チョウザメはどう料理しても美味、茹でても、ウミドでもグラテッラ=串焼きでも」とある。また、フリカンドとは初めて聞く料理法だがこれは粉をはたいたチョウザメのフィレをオリーブオイルとバターで火を入れ、ブロードに浸す、という今でいう低温調理に似た料理法。付け合わせは「リッチョリのフリッタータ 151 Frittata in riccioli per contorno」これはほうれん草を使った薄焼き卵で、食感としてはクレスペッレに近い。味付けも塩胡椒のみとごくごくシンプルな家庭の味。

Primi piatti (007 Cappelletti all’uso di Romagna,090 Gnocchi di farina gialla al pomodoro con burro e formaggio)

パスタは2種類、まずロマーニャ風カッペッレティ・イン・ブロードはブロードもパスタもボローニャ出身イタリア人であるカルピジャーニ・ジャパン社長ロレンツォ・スクリミッツィ Lorenzo Scrimizziにもパルマ出身のイタリア料理アカデミー駐日代表エマヌエラ・オリギ Emanuela Orighiにも好評だった。もうひとつのニョッキはポレンタ粉を使ったもので、バターを加えた昔風のトマトソースがなんともノスタルジック。アルトゥージのレシピにはサルシッチャとわせるものや、ボロニューゼ風ソースで食べるバージョンもある。  

Secondo piatto (258 Pollo disossato ripieno)

メインは鶏肉のリピエーノ。オリジナルのレシピによれば骨を外した鶏肉を、仔牛肉、ブロードに浸したパン、パルミジャーノ・レッジャーノ、卵黄、さらにはプロシュットや牛タンを混ぜたリピエーノを詰め、糸で縫い合わせてから2時間茹でたもの。柔らかく火が通った、子供もおそらくは気にいる日曜日昼のご馳走、といったイメージか。

Dolce (675 Zuppa Inglese,646 Torta di mandorle e cioccolata)

ズッパ・イングレーゼとアーモンドとチョコレートのトルタ。ズッパ・イングレーゼに関してはこちらをお読みいただきたいが、フェラーラとモデナを本拠としたエステ家考案のドルチェ。イギリスから帰国した同家の外交官が彼の地でトライフルをいたく気に入り、宮廷料理人に再現を依頼して作成したことから「英国風ズッパ=スープ」と呼ばれている。かいがら虫=コチネッラから採取した色素コチニールを使ったリキュール「アルケルミス」を使うのが正統とされており、アルトゥージのレシピでもその点は強調されている。 今回のコラボ・ディナーは、自らをイタリア料理界の原理主義者と呼ぶ小池教之シェフならではの探究心ゆえに成り立った特別企画。今回は一度きりのスペシャル・ディナーだったが、伝統料理至上主義の彼のことゆえ、今度のメニュー・コースの中に今回の料理が登場してくることもあるかもしれないので、一度口にして見たいと望む方は「オステリア・デッロ・スクード」の動向を逐一チェックしていただきたい。また、11月23日〜29日にかけて開催される世界イタリア料理週間では「イタリア料理大全: 厨房の学とよい食の術」出版記念トークイベントが複数回行われる予定なので、興味がある方はこちらから開催予定などをご覧いただきたい。コロナ禍吹き荒れた2020年もまもなく終わるが、そんな特殊な年だからこそ再確認できたのが困難な時でも誰もが欲するのは「食べる喜び」であること。それはアルトゥージが生きた時代も現代も、おそらくは変わることないイタリア料理の根幹を成す根源的な欲求である、とあらためて教えられた気がする。「イタリア料理大全: 厨房の学とよい食の術」に興味がある方は下記リンクを参照にしていただきたい。  

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