リエヴィティスタによる新しいピッツァの時代へ。フィレンツェに「ラルゴノーヴェ」オープン
イタリアにおけるピッツァは長らく、ナポリスタイルのピッツァか、それ以外かといった大まかなカテゴライズにとどまっていた。それが、2000年前後から少しずつ変化を見せ始める。北イタリアのヴェローナ郊外で、シモーネ・パドアンの「イ・ティッリ」やレナート・ボスコの「サポレ」といった、ナポリピッツァともそのほかの伝統的なピッツァとも違う、新しいスタイルが登場し、それがじわじわと支持を集めた。具体的には、それまで一般的に使われていたピッツァ専用粉以外の粉にも目を向けて選び抜き、ビール酵母だけでなくリエヴィト・ナトゥラーレを取り入れ、長時間発酵を行い、最新式の電気オーブンを採用して生地特性に合わせて焼き方を変え、トッピングにも斬新な素材を組み合わせたり、高度な調理技術を施すなど、旧来のピッツァの全工程をことごとく変えてしまったのである。こうした動きはやがてナポリピッツァ世界にも届き、より消化の良い生地、より上質な素材のトッピングを求める機運をもたらした。今やナポリにも伝統ピッツァとともに新時代ピッツァを提供する店が少しずつ増えている。 しかし、フィレンツェにまでそれが伝わるには少々時間を要した。ボローニャ発祥の「ベルベレ」は、オーガニック素材とちょっと目先を変えたトッピング、薪焼きだが比較的低温という方法で人気を博したが、そこから先にはなかなか進まなかった。その間に、イタリアのピッツァはどんどん進化を続け、分化も続いた。現在、ガンベロ・ロッソによると以下の三つに大別される。 1「ピッツァ・クラッシカ・ナポレターナ」 2「ピッツァ・イタリアーナ」 3「ピッツァ・デグスタツィオーネ」 1は文字どおり、2はナポリ以外の例えばローマ風の薄焼きやピンサ、また切り売りのピッツァ・アル・タッリオも含まれる。そして3が最先端スタイルで、丸々一枚を食べるのではなく、一切れずつ、あるいはモノポーションで仕立てられたピッツァを何種類か、コースで楽しむという方式である。
ガラスばりのピッツァ専用キッチン。これとは別に料理キッチンもある。
このピッツァ・デグスタツィオーネを提供する店が、ようやくフィレンツェにも登場した。2021年2月4日に正式オープンした「ラルゴノーヴェLargonove」だ。サンタンブロージョ市場のすぐ隣、チョンピの蚤の市に面した広場にあった、かつてナポリピッツァの名店と親しまれた「サンタルピア」の跡地を全面的に改装。手前が細長く、奥が広いという旗竿構造はそのままだが、エントランスにあったピッツァ窯を店の奥へと移し、全面ガラス張りのピッツァ厨房に。奥の客席からはどこからでもピッツァ作りの様子を見ることができる仕様だ。一方、エントランスから細長く続くホールには、片側に客席テーブル、もう片側にバーカウンターがある。このバーカウンターでは「フローレンス・カクテルウィーク」のコンテストで最優秀女性バーテンダーに選ばれたヴェロニカ・コスタンティーノが腕をふるう。ピッツァだけでも、カクテルだけでも、さらにはペアリングでも楽しめるという、今までにないコンセプトだ。
カラブリア出身のヴェロニカ。バーテンダー界では知られた存在。
厨房の指揮を執るのはは、ガブリエレ・ダーニ。トスカーナの海岸地方チェチナでピッツェリア「ディサポーレ」を三年でピッツァ・グルメの人気店に押し上げたことで知られる。自身を、ピッツァイオーロではなく、リエヴィティスタ(発酵を操る者)と呼び、軽く繊細で、グルテンを極力抑えた消化の良い生地を追求している。「目指すのはピッツァ・サーナ(体に良いピッツァ)。強いグルテンはもっちりとした弾力性を引き出すが、消化に時間がかかり、決して健康的とは言えない」という。ラルゴノーヴェでは、ピッツァ・ナポレターナの生地もなるべくグルテンを抑え、リエヴィト・ナトゥラーレにビール酵母を補助的に使うことで、ナポレターナ的な性格を残しつつも、軽さと消化の良さを実現している。 もう一つ、ガブリエレのピッツァの真骨頂とも言えるのが、ピッツァ・コッタ・アル・ヴァポーレ(スチーム加熱ピッツァ)だ。グルテンの少ない小麦粉タイプ2と水を同割、リエヴィト・ナトゥラーレで発酵させた生地を、120度以上の過熱水蒸気100%で加熱した後、250度のオーブンで1分ほど焼いて表面をカリッとさせる。見た目はフォカッチャだが、グルテンを抑えているため口に入れた瞬間の歯ごたえがごく軽く、簡単にほどけるところが違う。焼きあがった生地は切り分けてから、あらかじめ調理をした具材、ムース、ソース、クリームなどを重層的に組み合わせて仕上げる。ソースやチーズ、具材を生地にのせて一緒に高温で焼き、あっという間に出来上がるピッツァ・ナポレターナとは全く別の世界である。
La Tonno CBT キャンティ産カンネッリーノ白いんげん豆のソース、チェルタルドまたはトロペア産玉ねぎのバルサミコ・カラメリゼ、低温調理のマグロ、シブレット入りフォルマッジョクリーム。
ピッツァ・ナポレターナは従来のように1枚丸ごとオーダーが基本で(希望すれば切り分けてくれる)、ピッツァ・デグスタツィオーネは、一切れずつ(あるいはモノポーション)で次々とサーブされる。6人グループなら6つに切り分けられたピッツァをシェアできる“ちょうどいい”人数だが、もちろん、それ以下の人数でもオーダーは可能だ。また、ワインはもちろん、ビール、カクテルのペアリングも応相談である。 コロナ禍の緊急事態宣言下で、バールを含めた飲食店は営業に厳しい制限がかけられている。しかし、そんな状況でも新しい挑戦をしようという店が少しずつ現れている。いそいそと訪れる人々の顔にも喜びが溢れているのを見ると、パンデミックの収束はまだ先かもしれないが、こうした明るい話題はやはり制限を強いられてきた市井の人々にとっては希望の光なのだと実感した。 Via Largo Pietro Annigoni,9 Firenze 055-245829    

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