トスカーナ&バジリカータ、そしてミクソロジー。ワインを超えたペアリングを追求するリストランテ「Gunè」
カクテルの国アメリカでは、レストランでカクテルとともに食事をするのは珍しいことではない。しかし、ワインの国イタリアでは考えられなかった。ごく一部のレストラン、例えば外国人客の比率の高いミシュランで三ツ星の評価を受けているような店を除いては。ところがここ数年のミクソロジーブームのおかげで、カクテルを積極的にドリンクリストに加えるレストランが増えてきている。旅行者や若い人が好むバーレストランがほとんどだが、そういう店では料理もカジュアルで、イタリア料理をインターナショナルな感覚でアレンジしたものが多い。言い換えれば、カクテルや雰囲気を楽しむことが主目的で料理は二の次だ。では、料理とカクテルどちらも同等のクォリティを求めるならどこへ行く?フィレンツェでの答えは、レストラン「Gunè」だ。 “グネ”とは古代ギリシャ語で“女性”という意味。オーナーのニコラ・ランゴーネによれば、女性が持つしなやかな勇気を讃え、女性に楽しんでもらいたいという願いを込めて名付けたという。南イタリアのバジリカータ州マテーラ県の内陸にある小さな古い街に生まれたニコラは、イタリア、とりわけ南イタリアの女性たちのたくましさを知っている。だからこその敬意も込めているのであろう。南イタリアと聞くとつい現地の民芸風の設いを思い浮かべるが、グネにはそういった懐古的な雰囲気は微塵もない。店に一歩足を踏み入れると、静かな海の中に沈んだかのようなグレーを帯びた青色に包まれる。イタリアでは砂糖が包まれていた紙の色を思い起こさせるゆえ“carta da zucchero”と呼ばれるこの青色は、心を落ち着かせ、同時にほんのり温かい気持ちにさせる。サンドベージュやインディゴブルーの張り地にゴールドが映える椅子、胡桃色の床、全てが物静かな空気を醸す中で女性たちのポートレートが柔らかな華やぎを与えている。年齢にかかわらず、そしてもちろん男女の別もなく誰もが寛いで、これからのひと時を楽しもうという気持ちになれる空間だ。 ニコラは、若い頃にフィレンツェに移り住み、古くからある料理店で働くうちに、地元の人、外国の人も含めさまざまなゲストと楽しい時間を共有するというサービス業の面白さに目覚め、同時にレストラン業のノウハウを身につけた。やがてドゥオモ近くでバール・リストランテやジェラテリアを経営するようになったが、より都会的で現代的なリストランテをやりたいという気持ちが次第に強くなっていった。スタイリッシュで、そして自分の故郷とも結びついたレストラン。その夢を実現したのが、グネだ。クチーナ・ルカーナ、つまりバジリカータ料理とトスカーナ料理を現代的なアプローチで分解・再構築し、ワインはもとより、ミクソロジーとのペアリングで楽しんでもらう、がコンセプトである。 テーブルに着くと手渡されるのが、料理のメニューとカクテルメニュー、ワインリスト。カクテルは女性バーテンダー、エレオノーラ・ロモリーニが腕をふるう。キッチンを指揮するのはフィレンツェ近郊出身、生粋のトスカーナ人であるミルコ・マルゲーリ。初めてグネを訪れた人には、メニュー・デグスタツィオーネとワインまたはカクテルのペアリングを試すのがいい。5皿コース(€65)ならワイン€40、カクテル€35で料理に合わせた5種類のドリンクが楽しめる。アラカルトなら「ラ・パルテンツァ」(出発=前菜)、「ラ・プリマ・ソスタ」(最初の滞在=プリモ・ピアット)、「セコンダ・スコペルタ」(二つ目の発見=セコンド・ピアット)、「イル・ドルチェ・リトルノ」(甘美な帰り道=デザート)と、旅になぞらえてそれぞれ4〜5品が並ぶ。この詩的なタイトルは、ニコラの故郷アリアーノ村をこよなく愛し、同地に葬られた反ファシスト主義のジャーナリストで作家のカルロ・レーヴィが著した旅の記録へのオマージュだという。
Hugo スズキ、サンブーコ、ミント、キノアの塩キャラメルチップス
5皿のデグスタツィオーネでは、最初に供されるフィンガーフードを別として、今回は「スズキのサンブーコ風味」そして「牛タンのペポーゾ」の前菜2皿に続き、ニコラの故郷の味であり母の得意とする手打ちパスタ「フリッツーリ」、そしてセコンドの「バッカラ」、デザートは「はちみつのセミフレッド」で終わる。まず、スズキのマリネに使ったサンブーコに合わせ、カクテルは同じサンブーコのリキュール「サン・ジェルマン」、ジン、ラベンダー・ビターなどフローラルで爽やかな「B.B.(ブリジット・バルドー)」。次のペポーゾは赤ワインのアリアニコのソース、ホースラディッシュのスプーマなどメリハリの効いた味わいで、対するカクテルはバーボン、ホースラディッシュを浸潤させたウォッカ、そこへ自家製のワイルドベリーのリキュールを加えた甘く力強い「Wild Boulevard」。ワイルドベリーの綿飴が楽しいアクセントになっている。
Frizzuli in ricordo di bambino 自家製手打ちフリッツーリ、ルカーニア風ラグー、ペコリーノ、ホースラディッシュ
もっちりとした歯ごたえの手打ちパスタに数種の肉を煮込んだラグーとペコリーノチーズといういかにも南イタリアらしい一皿は、仕上げにホースラディッシュを削りかける。すると、あたかも森の中にいるかのような、清涼な風が流れてくる。そこへすかさず現れたのが、ジン、ライム、マンダリンリキュール、バジリコなどで組み立てられた爽やかでキレのある「Basil Instinct」。目に鮮やかなグリーンが印象的でそれこそ本能に訴えかけてくる。
Baccalà ポルチーニ風味トリッパ、マンゴー風味オイル、ココナッツ
セコンドのバッカラは、トリッパにポルチーニの旨味をプラスしたフリットを従え、ココナッツとマンゴーのソースが添えられたコントラストの楽しい饒舌なひと皿。カクテルはコニャックをベースにチョコレート風味のビター、レモングラス、ココナッツミルク、ココナッツと塩のシロップというこれもまたしっかりとした骨格の「Chiara di Luna」。それがパイプを模したグラスにオリーブの煙で蓋をした状態でやってくる。パイプを吸うように飲めば、甘くてほんのり塩味、そして煙の香りが絡み合って押し寄せ、高揚感に浸ると同時に少しずつ潮が引くように静けさが訪れる。クライマックスにふさわしい一杯だ。
Semifreddo al miele con crema al vinsanto
しばらく余韻に浸っているとデザートとともに、ガラスのステムがついたティーカップがそっと現れる。ほろ酔いの目にはカップが宙に浮いているように見える最後のカクテルは、はちみつのセミフレッドに合わせ、山のハーブの香りを移したはちみつとピンクグレープフルーツ、ヘンドリックス・ジンを使った、ほろ苦く、ハーバリーでそして優しい味わい。たっぷりの氷が味覚も気持ちもクールダウンしてくれるフィニッシュにふさわしいカクテルだ。 料理とワインのペアリングに比べ、カクテルとのペアリングはこちらの想像を軽々と超え、進むにつれて次はどんなカクテルが来るだろうという期待感が嫌が応にも盛り上がる。はっきり言って、かなり楽しい。しかしそれもこれも、きちんと構築された料理とカクテルがあっての話。料理人とバーテンダーの技術とセンスがピタリとはまれば、忘れられない体験となる。一度でもその体験をすればまた試してみたくなる。そして、そんなリピーターがグネには少なくないという。カクテルとのペアリングはこれまで以上にイタリア料理の可能性を広げていくだろう。 Gunè Via del Drago d’Oro, 1r  Firenze Tel.055-4939902 19:00-23:00 バータイム18:30-01:00 日曜ブランチ 11:30-15:00 月曜休  

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