オリーブオイル生産者直営のビストロ&ショップ Olivia
ワインに比べ、オリーブオイルの世界は20年は遅れているとも言われる。使用頻度が高い割に品質にこだわらない消費者が少なくないという現実があるが、「量より質」が行き渡るにはまず生産者が変わらなければならない。そういう観点から、近年は小規模生産者を中心に劇的な変化を遂げている。安売り商品とは異なるオリーブオイルの「どこがどう違うのか」を根気強く説く生産者が増えているのである。 その一つがトスカーナの生産者「Gonnelli 1585」、オイルのブランド名「Frantoio di Santa Téa」だ。トスカーナの特定の生産者が共通ブランドで販売するラウデミオにも参加しているので日本でも目にする機会は多い。生産者としての歴史はかなり古く、1585年にゴンネッリ家がフィレンツェのカルミネ修道会からサンタ・テア農園を購入したことに始まる。フィレンツェの南西30キロほどのところにあるこの農園には1426年に建てられた搾油所があり、当時から上質なオリーブオイルを製造することで知られ、ゴンネッリ家は430年以上トスカーナを代表するオリーブオイルメーカーの一つとして農園を守り、それだけでなく20世紀後半以降は先進的な技術を積極的に取り入れ飽くなき品質向上に取り組んでいる。
元々は修道院の一部で、オリヴィアとなる前は美容院だったという店は、うっかり通り過ぎてしまいそうなほど間口が小さく、奥に長く続くいわゆるうなぎの寝床。しかし、トスカーナの田園地方の農家のイメージをベースにナチュラルな素材を使い柔らかな色調でまとめ、親密で居心地の良い空間に仕立てている。
ビストロのメニューは、油脂を使うところは全てサンタ・テアのEVO(エクストラ・ヴァージン・オリーブオイル)、ただし、前菜の「オイルテイスティング・プレート」以外はEVOの個性をことさら押し出すことをせず、全体のバランスを大切に料理を組み立てている。つまり、青い草の香り、アーティチョークのような香りが特徴のトスカーナEVOの風味を存分に堪能できるものから、揚げ油にEVOを使ってさっくりとした食感を楽しめるフリット、油を使っていることを感じさせない繊細な味わいの皿まで、多面的で奥の深いオリーブオイル料理が揃っている。
「オイルテイスティング・プレート」は、ヨーグルトソース&アーモンド、黒トリュフ、アンチョビ&マヨネーズといった3種類のソースを添えた牛タルタルに、それぞれレッチーノ種、モライオーロ種、フラントイオ種をかけて味わう。レッチーノは3つの中では比較的軽く、微かにトマトやフレッシュアーモンドの香りがあり、モライオーロは青い香り、苦味そして余韻の辛味が明快、フラントイオは青い香りとアーティチョーク、未熟なオリーブ独特のフレッシュさが際立つ。ミニボトルから好きなだけ注いで味わい、残ったぶんはそのまま持ち帰ることができる。
パスタの「ガンベロ・ロッソ、ターメリッククリームのキタリーネ」は、生のエビをデリケートなEVO(レッチーノや熟した実のオリーヴェ・ネーレ)でマリネし、さらにターメリッククリームにも同じEVOを使用。生クリームのような動物性油脂とは違い、素材そのものの味わいや香りがくっきりと浮かびあがり、クリームの後味もさらりとしていて食べ疲れない。
デザートも全て油脂はEVOを使っている。キャロットケーキはもちろんのこと、今ではスタンダードになった感のあるEVOジェラート、トスカーナの郷土菓子の一つ、カントゥッチにもEVOを加えている。本来は油脂を使わないカントゥッチはガリっとした歯ごたえがいかにも昔ながらのお菓子という感じだが、EVOによるほろほろとした儚い食感のカントゥッチは全く新しい次元のビスコッティで、保存食的な役割を放棄し、フレッシュさが命のモダンスタイルだ。
さらにユニークなのは、EVOを使ったカクテルだ。ジン・ソーダがベースでニンジンとオレンジが味わいの主役なのだが、ほんの少し加えられた塩とペペロンチーノが奥行きをもたらし、そして余韻に微かな青い風味と渋みが感じられる。EVOが使われているとは言われるまでわからないほどだが、さっぱりとした後口はおそらくEVOのおかげだろう。カクテルでは油脂はほとんど使われないが、ファットウォッシングという油脂の持つ風味を液体に移す手法がある。オリヴィアのこのカクテルはその手法を使わず、シンプルにシェイクしただけだ。時間が経てば分離するだろうが、普通に飲むぶんには問題ない。「田園をイメージした」という通り、爽やかで優しい甘みのリフレッシュメントにぴったりのカクテルだ。
一般にトスカーナでのオリーブオイルの使い方はサラダ、豆のスープ、ビステッカ・アラ・フィオレンティーナにかける、というのが普通でそれ以上踏み込むことはあまりない。しかしオリヴィアはそんなステレオタイプをやすやすと超え、オリーブオイルの持つ可能性を縦横無尽に広げる。そこに難しい料理テクニックは必要なく、家でも再現できそうなところがまた良い。今後、料理はもちろんカクテルもバリエーションを増やしていくという。フィレンツェでひと味違ったフード・エクスペリエンスを求めるならぜひ訪れたい店である。
Olivia Bistrot del Frantoio Santa Téa
Piazza de’ Pitti, 14r Firenze
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