2024-25冬の特別なパネットーネ、「ネグローニ」と「もみの木」
クリスマスのパネットーネ、人気はやはりミラノ・クラッシコタイプのようだが、作り手がファンタジーとテクニックを駆使したオリジナル・フレーバーのパネットーネも毎年現れる。そんな特別なパネットーネすべてに出会うのは無理としても、今年はどんなユニークな“変わり種”を入手できるか、リサーチするのは実に楽しい。2024年末に味わった中でもとりわけ印象に残った二つを紹介する。   菓子&ジェラートの職人、ガブリエレ・ヴァンヌッチが手掛けたのは「ネグローニ」。フィレンツェのネグローニ伯爵が生みの親である、ジンとヴェルモット・ロッソ、カンパリをステアしたカクテルが題材だ。ガブリエレは数年前にもトスカーナのジンメーカーとコラボレーションした「ジン&レモン」のパネットーネを作っている。ジンに漬け込んだレモンピールと、ジンレモンのジェラティーナ(パート・ド・フリュイに似たゼリー菓子)を混ぜ込んだ、レモンの爽やかさとジュニパーベリーの香りがほのかに感じられるパネットーネだった。2024年クリスマスにガブリエレが提案したのは、アーモンド・アイシングを施した「パネットーネ・クラッシコ」と、コールドブリューのスペシャルティ・コーヒーとホワイトチョコ、ミルクチョコを使った「カフェ&チョコラート」、そしてフィレンツェへのオマージュとして「ネグローニ」の三種(価格はいずれも1kgで40ユーロ)。 「ネグローニ」は、カンバリをパウダーにして練り込んだバターを用いて生地全体を明るいオレンジ色に。ヴェルモットは、フィレンツェのマイクロ・ディスティラリー「Fenmenthinks」とコラボレーションしたオリジナル「ヴェルモット・ヴァンヌッチ」(前年にロンドンでのインターナショナル・スピリッツ・チャレンジでブロンズメダル獲得)を使用。生地にはネグローニのジェラティーナとオレンジピールを練り込んでいる。バニラも使っているが香りは控えめで、オレンジとヴェルモット由来のスパイスが先に立つ。ところがひと口含むと、紛れもないパネットーネの味と香りが広がる。その後にネグローニを思わせるビターでスパイシーな余韻。骨格はしっかりとしていて、噛むと弾むような弾力、そして生地はさっとほどけて消えていく。華やかだが、微かな苦味が甘みを抑え、口溶けの良さと相まって食べ疲れない。メディテーション・パネットーネとしてゆっくりと味わいたい逸品だ。   ガブリエレ・ヴァンヌッチは、トスカーナ州ピエトラサンタ出身。母は写真家、父は舞台芸術家、祖父は画家というアーティストの家系に生まれ、幼い頃より色や形に高い関心を持っていたという。地元のホテル学校に通い、16歳でプラートの菓子職人ルカ・マンノーリの工房に入り基礎技術を習得。ニューヨークのレストランの製菓製パンの責任者を務めた後、モナコの「ルイ・キャーンズ」へ。その後もロンドン「ファット・ダック」、再びニューヨーク、そしてイタリアの星付きレストランなどでエグゼクティブ・ペストリーシェフを務めた。2015年、Conpait(イタリア菓子職人連盟)が主催する21歳以上が出場対象の「イタリア菓子コンテストCampionato Italiano di Pasticceria Seniores」において、イノヴェイティヴ・プラリネ部門4位。2017年にAMPI(イタリア菓子マエストロアカデミー)に最年少で加盟、2018年からジェラート機器メーカー「カルピジャーニ」のジェラート・ユニバーシティで講師を務めている。現在、「GELATO, Gabriele Vannucci」(2022年フィレンツェにオープン)のオーナー。   もう一つは、ロンバルディア州ベルガモの北、オロビエ・アルプスの山間のアグリトゥリズモ「フェルディ・ワイルド」によるアベーテ・ロッソ(オウシュウトウヒ)のエッセンスを使ったパネットーネ(1kgで43ユーロ)。オレンジピールやレーズンを使わず、クリスマスツリーに用いられる“モミの木”のエッセンスオイル、山野草の花のはちみつ、アンゼリカの根のパウダーを生地に練り込んでいる。 パネットーネの入っている袋を開けると、アベーテ・ロッソ由来と思われる、甘く、さわやかな香りが広がる。深い森の中にいるような独特の香りだ。生地はしっとりとしていて、しかし適度な弾力を持ち、口に入れると先の森の香りとカラメルのような甘みと微かな苦味を感じ、噛むとゆっくりとほどけていく。ねっとりと粘ることなく、すーっと消えていく感じだ。焚き火にあたりながら、ホットウイスキーと一緒に味わいたいと思わせる、野生味と滋味に満ちたパネットーネである。この「アベーテ・ロッソ」以外に、「山野草のチョコレート」(750gで39.50ユーロ)もあり、夏に刈ったアルプスの干し草をカラメルにして混ぜ込んだチョコレートを使っている。ちなみにそのチョコレート・タブレットは「フェルディ・ワイルド」のオリジナル商品としても人気があるらしい。   アグリトゥリズモ「フェルディ・ワイルド」は、1989年に“フェルディ”と呼ばれるフェルディナンドが妻と2人で始めた農園が原点。まだ誰も、サステナビリティという言葉を語らなかった当時、馬と共に自然のなかで生きていくための農業に勤しみ、牛やヤギを飼い、チーズを作り、やがて山の素材を駆使した料理を提供するアグリトゥリズモへと成長。今は2人の子供がアグリトゥリズモの中心を担い、フェルディは山奥でチーズ造りに専念している。そのチーズは1kg100ユーロを超えるものもあるが、多くのレストランから購入リクエストが殺到しているという。アグリトゥリズモそのものも予約が取れない人気ぶりで、運よく予約できたらアクセスの悪さもなんのその、万難排して訪れるべしと言われている。   パネットーネのシーズンは終わりを迎えたが、まだまだこれからも驚きに満ちた美味なるパネットーネが出現するだろう。次のシーズンが楽しみである。                

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