イタリアの野菜の“正解”がここにある。福岡「フレーゴ」で味わう大地の恵
博多から北へ約30km、玄界灘に面した海岸沿いの田園地帯。長閑で鄙びた農村に、シルヴィオ・カランナンテと花田愛さん夫妻が営む農園レストランがある。こんな田舎に、と言っては失礼だが、まさかここで本物のイタリアに出会えるとは普通は思わないだろう。だが、ここはイタリアだと感じさせる、アニマ(魂)がしっかりと宿っている。しかしそれは、シルヴィオがイタリア人だからという単純な理由ではない。才能と努力の両方があって初めてなし得るものがあり、シルヴィオと愛さんだからこそ辿り着くことができた現在地点なのだ。
レストラン開店前にカフェで整えるSilvio Carannante氏。
シルヴィオが愛さんと出会い、愛さんの地元に移り住んだ当初は、イタリアで就いていたバールマンという仕事を選んだが、日本の飲食業界の常態である“身を粉にして働く”ことに疑問を感じ、さらに日本ではイタリア食材がなんでも揃うのに新鮮なイタリア野菜だけがないことから、イタリア野菜、とりわけ自身の故郷カンパーニアの野菜を作ろうと農業に身を投じる決心をした。農園の名前は「カンピ・フレグレイ」、ナポリの西側、海に突き出した火山地帯で、風光明媚な景勝地であり、シルヴィオの故郷である。 「カンピ・フレグレイ」を初めて訪れたのは10年以上前、福岡のイタリア料理店「アンティカ・オステリア・トト」の本田シェフがトマトソース作りに行く特別な農園があるというので同行した。畑ではさまざまな種類のバジリコが見事な“緑の波”をなし、シルヴィオと愛さんは収穫と野菜の世話に忙しく、それでも我々を歓待してくれた。シルヴィオが昼食を用意してくれたが、使われていた野菜の味の濃さに衝撃を受けたことを覚えている。イタリアでもスーパーで売られている野菜は味わいが希薄でイタリアらしさが失われつつあるが、「カンピ・フレグレイ」の野菜はパワーがあって、味覚にダイレクトに刺激する。料理好きなシルヴィオは本来の素材の味を理解していて、それを忠実に再現しようとする。つまり、正解を知っているから農業は素人だったのに短時間で本物に辿り着いてしまったのである。 時は流れて、久しぶりに「カンピ・フレグレイ」を訪れたら、緑の中に白壁が映える、控えめだが瀟洒なレストラン「フレーゴ」が誕生していた。古い農家を改築し、梁や柱といった構造は残しながら、壁や床は新しくして、農家に残されていた鍬、鋤などの農具を所々に配している。中程に鎮座している壺は漬物作りに使われていたものだが、アンフォラだと言われても違和感がない。奥にはガラス張りのキッチンとシルヴィオの持ち場であるピッツァ窯がある。赤い壁を背景にした黄金色のモザイクタイルの窯は、火山によってできたカンピ・フレグレイ地方をイメージしたようにも見える。レストランの中心、入り口の正面にはナポリ式と言われるコーヒーマシンが据えられていて、一歩踏み入れただけでここはナポリだと実感させられるというわけだ。 レストランは基本的に昼営業のみ、11時30分オープンだが、併設するショップ「アプテカ」は朝から営業していて、野菜と自家製のパン、ペストリー(ナポリの揚げ菓子グラッファやスパイシーなビスコッティのロッココも)、そしてイタリア食材を販売している。レストランと同じくナチュラルでクリーンな空間だが、手狭なため改装して広げる予定だという。 11時を少し過ぎた頃からお客が現れ始め、皆、テラス席で静かに待っている。イタリアならもっと騒々しく、しかも店に入ってカウンターでカフェの一杯も所望するだろうと思いながら待っていると、開店の案内が始まり、順に静々とテーブルに着く。ほとんどが地元のお客だというが、近所にこんな店があるとは本当に幸運である。 メニューは自家製の猪のサルーミやトリッパが前菜の筆頭に並び、野菜の前菜として、フムスやパルミジャーナ、ブルスケッタ、マリネなどが続く。玄界灘の魚料理、ピッツァ、プリモ・ピアット、肉料理と、いずれも3〜5品と数は絞り込まれているが、選択肢としては十分である。ワインリストも充実しているが、車で来る人が大半だろうから、ワインは飲めずに涙を飲む人もいるだろうと想像する。しかしイタリア料理は本来はワインとともに味わうもので、体質的に飲めない人は例外として、ワインなしでは何かが足りないと感じるのではないだろうか。特に「フレーゴ」のような店では...。 開店と同時にほぼ満席となったが、その後も席が空くと予約なしのお客が入ってくるといった具合で、常に賑わう。これだけ入って夜も営業するとなるとハードだが、昼の営業の後は農作業だ。決して楽ではないが、レストランと畑仕事の両立は苦ではないと言う。スタッフも増え、今後は宿泊施設も整える予定で、小さなナポリはこれからも成長を続ける。九州発のイタリアの未来が楽しみだ。 FLEGO  福岡県福津市渡153 tel.0940-39-3659 月曜定休                  

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