鍋島の故郷を訪ねて2 御宿 富久千代

「鍋島」が生まれた肥前浜宿は、江戸時代から長崎街道多良住還の要衝として栄え、古くから酒造りがさかんに行われてきた古い宿場町だ。特に酒蔵通りは白壁の酒蔵や茅葺きの民家などが数多く残る町並みで、歴史的価値のある地域として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。その中心部にあるのが、日本初の酒蔵直営オーベルジュとして2021年春にオープンした「御宿 富久千代」だ。母体となっているのは1780年代に建てられた酒蔵通り最大級の歴史的建造物であり、かつては醤油や味噌を製造していた旧商家。「くど」(かまど)に似ていることに由来する「くど造り」の象徴的な茅葺き屋根や煉瓦作りの煙突など、富久千代酒造は10年かけてこの歴史的建造物を修復。大規模なリノベーションを施して町の景観を保護するとともに、肥前浜宿に新しい生命を吹き込んだのだ。

「御宿 富久千代」は一日一組限定、最大4名様までが利用できる一棟貸しの宿。小さなくぐりとを抜けてその中へ足を踏み入れてみると、白壁や吹き抜けの高い天井がある広々とした空間が広がっている。広さは200平米を超え、日本の伝統建築の特徴を生かしつつも現代的な快適さを取り入れてある。1階、2階それぞれにベッドルームを備えてあり、茶室やラウンジ、ライブラリー、露天風呂もあり、縁側の木枠窓からは季節の移ろいを眺められる庭も見える。まるで古い日本家屋に住んでいるかのように滞在することができるのだ。

「御宿 富久千代」では「鍋島」が誇る銘酒と美食を堪能することができる。カウンター6席のエクスクルーシブな空間が「草庵 鍋島」だ。草庵とは茅葺き屋根が、人里離れて暮らした侘住居(わびすまい)のこと。その名には、飾りすぎることなく趣向を凝らして客人をもてなしたという願いが込められている。若き料理長、西村卓馬は、かの「神楽坂 石かわ」で研鑽を積み、フランス料理も経験したのちに「草庵 鍋島」料理長に就任。近年では料理アワードも受賞するなど、いま脂が乗り切った旬の料理人だ。西村料理長は旬の食材を活かした正統派和食に加え、全ての料理に最適の「鍋島」を選んだ「草庵 鍋島」でしか体験できないペアリングを提供してくれる。ただでさえ入手困難な「鍋島」のラインナップの中でも、ここでしか飲めない限定品の「鍋島」も登場するのだから日本酒好きにはたまらない。ある日の献立とペアリングはこのような内容だった。

北海道の真つぶ貝 天草の赤ウニ いわもずく / 鍋島 Summer Moon 夏吟醸
大分の白甘鯛の松笠揚げ ばちこ / 鍋島 活性にごり酒
毛蟹の真薯 たたいたオクラ / 裏鍋島 隠し酒純米吟醸
お造り 宮崎のシロホジフエダイとアオリイカ 太刀魚と佐賀のタマネギポン酢 / 鍋島 純米大吟醸山田穂と特別純米山田穂
イクラの飯蒸し 有明海の海苔 / 鍋島 純米大吟醸 短稈渡船
佐賀牛のフィレ炭火焼 新銀杏 / 鍋島 ブラックラベル
蒸し鮑と焼き椎茸 胡麻豆腐 / 鍋島 CLASSIC 純米大吟醸 赤磐雄町
気仙沼のフカヒレと佐賀のすっぽん / 鍋島 特別本醸造 熱燗
しらすの土鍋ご飯 香の物 / 鍋島 特別純米 鍋島特別純米 愛山
自家製アイスクリームと神紅 / 鍋島 貴醸酒 

11種類の料理に11種類の「鍋島」ペアリング、圧巻のひとことである。和食ならではの技術で地元九州産の食材の味を引き出し、一品ごとに鍋島をあわせる。瓶内二次発酵の「活性にごり酒」や日本酒を使った三段仕込みの「貴醸酒 」など「草庵 鍋島」でしか飲めない酒を味わう至福のひととき。この日最も気に入ったのは「ブラックラベル」「CLASSIC 純米大吟醸 赤磐雄町」だったが、それぞれコースのハイライトとなる佐賀牛、鮑にあわせるというセレクト。「特別本醸造 熱燗」の古き良き飲み方を味あわせてくれる粋な演出だった。

1日1組限定のオーベルジュ「御宿 富久千代」に滞在するゲストは、もちろん日本酒好き、料理好きの「鍋島」ファンが多いと想像するが、酒蔵が営み、酒と料理を合わせるオーベルジュとしては他に並ぶものがない完成度の高さがある。それは「鍋島」の酒作りに通じる世界観であり、微に入り細に入り、細かいディテールへの探究心が高品質の酒や料理を生み出すのだろう。なによりもここでしか飲めない「鍋島」がふんだんに味わえるのだから、一夜の贅を求めて肥前浜宿を目指す価値は大いにある。


御宿 富久千代
佐賀県鹿島市浜町乙2420-1
Tel:0954-60-4668
https://fukuchiyo.com


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