シチリア美食の王国へ00 はじめに(無料公開)

なぜイタリアなのか。これはイタリアに初めて旅した十数年前からのテーマである。イタリアを好きという人は多い。イタリアブームは終わらないとまでいわれるが、どうしてこんなに惹かれるのだろう。人によっていろんな理由があるだろうが、私達にとっては「イタリア=食の地」である。それも飾りたてることなく、ストレートに本能に訴えかけてくる力強い食。日本の料理は盛り付けの冴えにこちらの居ずまいを糺す力があり、イタリアの料理は匂いに脳の中の眠っていた部分を揺り起こす力があると思う。どう、美味しいでしょう。旨くないはずがない。そんな声が皿上の料理から聞こえてきて目を覚ます。

なぜシチリアなのか。初めて訪れたのは夏だった。太陽はぎらぎら、水ばかりが欲しくなり、食欲は落ちる。それでも“食べてみたい”気持ちに突き動かされ、ぐったりしてテーブルにつく。すると漂ってくる匂いが鼻から脳へそして胃袋へと確実に刺激を送り込み、水腹だったはずが、急にからっぽになったような気持ちになる。後は本能に任せて食べるだけ。

こんな食べ方をしたのはシチリアが初めてだった。そこからシチリアにのめりこむのは簡単である。シチリア料理の本を探し、シチリア料理を食べさせてくれるレストランを探し、イタリアに住んでからもシチリアに出掛けていった。夢中になっているときは、なぜシチリアなのか、とは考えない。どんどんどんどん突き進む。食べて飲んで、身体にしみ込ませ、ため込んでいく。歴史が、人が、現在あるシチリアをつくり上げた。それはわかるし、しかしそんなことで納得したくない。ひたすら体験することで、食べることで、この島を自分の中に取り込んでしまいたい。これが私達のシチリアに対する欲求である。野望と言い換えてもいい。

もっと深く、もっと新鮮なシチリアを。この本は、私達のこの原始的な欲求を満たすための一つの手立てとして書く。書くことによって追体験し、新しい発見の手がかりとしたいと思っている。そして、読んでくれる人が、その人なりのシチリアを見つけるのになんらかの手助けになればとても嬉しい。

私達はいつもシチリアを車で旅することにしている。車でなければ行けないところが多いし、列車やバスなど公共交通機関が充分に行き渡っていないこの島で、自分達のペースで旅を組み立てるには車が一番いい。だから、この本は車で出掛けることを前提とした旅の一スタイルの提案だと思ってほしい。どうしてシチリアなのか。自分にとってのシチリアを追究する同好の士に読んでもらいたいと思っている。

池田匡克、池田愛美2003年フィレンツェにて

電子書籍版はじめに

2003年8月に出版された「シチリア美食の王国へ」は電子書籍化するにあたり株式会社東京書籍より株式会社オフィス・ロトンダに権利を委譲された。この場を借りて厚く御礼申し上げたい。発売以来早十年の歳月が流れ、古くなったデータや閉店した店も出始めている。本電子書籍ではオリジナルを尊重して店データや値段などの記述は発売時そのままのデータを残してあるが、栄枯盛衰は世の常、人の常。やむなく休業、閉店したホテル、レストランなどもすでにあるため、訪問する際は事前に確認いただければ確実に旅は楽しくなる。石橋を何度もたたいてから渡るのはイタリア旅行の金科玉条なのである。紙版同様シチリアへと心を飛ばしながら最後までお読みいただければ著者としてはこの上ない幸せである。

2013年9月 池田匡克、池田愛美