シチリア美食の王国へ11 アグリトゥリズモ・ミジリシェーミ@トラーパニ

ワイルド・ワイルド・ウエストなシチリアの農家に泊まる

シチリアのアグリツーリズモにどうしても一度泊まってみたかった。フィレンツェに住んでいるということもありトスカーナ近辺の瀟洒なアグリツーリズモ(私達はアグリと呼ぶ)からディープ・トスカーナのアグリまでいろいろ泊まっているけれどシチリアのアグリはまだ体験したことが無い。レストラン料理ももちろんいいが素朴なシチリアの農家の家庭料理も味わってみたい。そこで選んだのがアグリツーリズモ・ミジリシェーミである。

農園民宿と訳されることが多いアグリツーリズモだが農業体験が出来たりとか農業を手伝う代わりに宿と食事を提供してもらうとイメージは誤りで、農家に泊まって素朴な料理とワインと自然を楽しむ、というスタイルが一般的である。本場トスカーナでもワイルドな乗馬アグリとか小洒落たインテリアでスーパー・トスカーナを飲ませる都会的(?)なアグリとか千差万別。後者の方が快適なことは事実だがよりディープな旅とクラッシコな食事を求めるならが前者に勝るものは無い。今回のミジリシェーミはやはりディープ系のアグリだった。

トラーパニからどんどん人里を離れ、田舎道をひたすらゆく。シチリアの田舎ではトスカーナのようにアグリツーリズモの所在を示す看板はほとんどないから注意が必要である。ところで「ミジリシェーミ」とはアラブ語で「水の流れる土地」という意味。確かにこの宿を訪ねた時、大雨で水没したままのぶどう畑があちこち池のように点在する不思議な光景に出会った。冷たい雨が降る中、ミジリシェーミに着くが人気がまるでない。ようやくでてきた女性は私達を部屋に通すとささっとまたどこかに姿を消してしまった。通された部屋は凛と冷えきっていてデロンギのオイルヒーターが一台ぽつんと置いてあるのみ。電話もないし、TVもない。それに、さ、寒い。窓の向こうには水没したブドウ畑とその向こうには遠くトラーパニの家並みが見える。部屋の中をぐるりと見渡していたら5分ですることがなくなってしまったので食事の時間まで毛布をかぶって震えていた。

夜の八時、待ちに待った晩ご飯の時間である。喜び勇んで食堂に出向くとまたしても誰もいないが暖炉には火が灯っていた。気がつくと薄暗い暖炉の裏の小部屋でTVを見つめたままじっと動かないシチリア紳士が一人。ボナセーラと声をかけると口の中でなにごとがもごもごと呟いた後、一人用の食卓に着いてしまった。どうやら一人旅の宿泊客らしい。商用か観光か視察か。そのどれでもないことは明らかである。不思議な宿である。

すると厨房の奥の方からやけに愛想のいい若者が出てきて席に暖炉の前の特等席に案内してくれ「今夜はやけに冷えるな」そんなようなシチリア弁を呟いた。

この宿は典型的なトラーパニ地方の農家の形態である「バッリオ」を改装したアグリツーリズモでオリーヴの木やレモン、ぶどうなどを栽培し、アラブ時代の井戸に囲まれている。ウサギ、豚、羊、鶏などが飼育し、オイルや各種瓶詰め類保存食を販売、典型的なトラーパニの農家の料理を食べさせてくれる。全頁パウチしてあるメニューを開く。メニューのあるアグリツーリズモとは珍しい。最初の見開きにはこう書いてあった。

「お若いお客さまからそうでないかたまで、美味しい料理をしかも良心価格の10ユーロでご提供いたします。自慢の農家風アンティパストからコック自慢の日替わりパスタへ。パスタが嫌いなら肉の炭火焼とインサラータを。仕上げは庭で取れたオレンジを。料理にはカラフ入りの地ワインがつきます。」安い。

「もしくはたっぷり食べたいかたにはおまかせでドルチェ&マルサラ・ストラヴェッキオ付きで18ユーロのコースも有り。」

とりあえず、という感覚で農家風アンティパスト・ミストを頼み、プリモとセコンドに目を通す。パスタは3ユーロから。安い。「肉と野菜のクスクス」とかこの辺りでよく食べるネジのような太めのパスタ、「ブジアーティ」の「猪煮込みソース」とかもある。セコンドを上から順に読むと「鹿、羊、ウサギ、小豚、サルシッチャ、豚バラ、子牛のインヴォルティーニ、子牛のリブロース、鶏・・・」とあり調理法は全て炭火焼きである。素晴らしい。パスタとセコンドを1品ずつ頼む。

小皿に盛られたアンティパストが六品やって来た。酢に漬けて白くしたナスを使ったカポナータ、ペペローニにモリーカを加えたペペロナータ、素揚げしたズッキーニを甘酸っぱいタマネギを和えたズッキーニ・イン・アグロドルチェ、タマネギの入ったフリッタータ、ローストしたカルチョーフィそしてオリーブ。居酒屋感覚のスペインのタパスのような小皿料理を地元のシラーを飲みながらつまむ。どれも素朴でうまいが絶品は白いカポナータ。ローストしたアーモンドが入っていて香ばしくて歯ごたえがよい。カポナータは各家庭でいろいろとバリエーションがあるようで、この家庭では白いナスとアーモンドがポイント、私はカポナータ・ビアンカとなづけた。それとフリッタータ。粗引きの黒コショウがたっぷり入っていて後引く味わいである。値段の話ばかりで申し訳ないがこれで4.5ユーロ、ひと皿100円もしないのだ。

赤ワインのお供にもう二、三品、と頼もうとしたら次の料理が来た。私は「エリケッテ・アッラ・ギオットーナ」いわば「食いしん坊のパスタ」である。フジッリに似たエリケッテというパスタをかぼちゃとサルシッチャとピスタチオで食べる。甘くてしょっぱい不思議なパスタだった。炭火焼きはサルシッチャを所望、これには素晴らしく香り高いレモンを搾って食べる。シチリアの田舎で食べるサルシッチャは無上の喜びである。

ドルチェの趣味があまり無い私はこれで終わっても良かったのだが例の愛想のいいカメリエーレが「アーモンドのパルフェ」を勧めるのでそれでは、とパッシート・ディ・パンテレッリアと一緒に試す。素朴な味わいである。

夜が更けるにつれて食事だけの地元客が増えてくる。老若男女子供あわせた10人ばかりの賑やかな一団はどうやら家族の誕生日らしい。アグリにしては鄙には稀な着飾った若い男女イケイケ4人組みもいて、隣席の盛り上がりぶりをよそにお互い視線だけで会話しているようなミョーな雰囲気。外国人は当然私達だけである。一人旅のシチリア紳士も席を立つ。団体がスパークし始めたので私達も席を立つ。外からは物音ひとつ聞こえない冷えきった部屋で頭から毛布をかぶり、時折聞こえるこう笑を聞きながら眠りについた。

オレンジと花梨のマルメラータにパンとバター、カプチーノの朝食。食事をしているのは私達のみで、給仕してくれるのは昨夜と違う青年。カプチーノを入れ終わると早々にどこかに消えてしまった。小さい宿のわりには一度見かけたきり二度と見ない従業員が多く、一体何人いるのか最後まで分からなかった。

出発の時、帳場の前にまたしても見なれないおじさんが立ってると思ったら今度はオーナーのジュゼッペ・ヴルタッジョさんだった。会計を頼むと1泊2食付きのメッツァ・ペンショーネで一人50ユーロ。伝票を見ると「ふたりでひゃくゆーろ」(もちろんイタリア語で)としか書いて無い。何を食べても同じ値段なら夕べもっと飲んで、いや食べておけばよかったと後悔。最後にトラーパニでおすすめの店を聞いた。

「魚か?」もちろん。「ならばフェリー乗場の前にあるベッティーナへ行け。ミジリシェーミに聞いてきたと言えばいい。うまい魚がソルディーニ・チョッピ・チョッピで食べられる」昼飯の場所は決まった。

ところで「ソルディーニ・チョッピ・チョッピ」とはイタリア語の辞書を引いても出ていないし、私の座右の書であるシチリア語文法の教科書「GRAMMATICA SICILIANA」(ANTONELLA FORTUNA著)にも出ていない。ソルディ=イタリア語でお金だから文脈上「安く食べられる」と解釈した。

私達のシチリア旅はこうして進んでゆくのである。

Agriturismo Misiliscemi(アグリトゥリズモ・ミジリシェーミ)
Contrada Misiliscemi,4 Guarrato (TP)
Tel0923-864261, Mobil0347-6696059
www.misiliscemi.it

食事のみの利用も可、自家製のオイルやマルメラータも販売
料金目安:一泊二食付き1人45ユーロ