シチリア美食の王国へ15 フローリオ@マルサラ

マルサラ・ワインの歴史を今日に伝える大酒蔵

西海岸の旅の終着点はシチリア本島最西端の街ワインのマルサラだった。ワイン生産の本拠地でもあった小島モツィアがシラクーサの軍隊によって滅ぼされてからフェニキア人のはマルサラの街を築いた。ローマ人が主要軍港として利用した後、九世紀にはアラブ人が征服する。マルサラとはアラーの港という意味であり、かのマルサラ・ワインの故郷である。

「マルサラ酒」と訳されることが多いので誤解されがちだがマルサラ・ワインはれっきとしたワインであり、それは偶然の産物として生まれたとされている。1733年に嵐のため偶然マルサラの港に辿り着いたイギリス商人ジョン・ウッドワースが、この土地の地ワインを飲んでいたく気に入った瞬間マルサラ・ワインの歴史は始まる。当時南ヨーロッパで上等のワインといえばポルトガルのポルトとスペインのマディラ、時代は甘口びいきだったのである。

ウッドワースはその両者に似た味わいを持つマルサラの地ワインを気に入り、本国に持ち帰る際に長旅に耐えるようアルコールを添加、今でいう酒精強化を行ってから発送し、これがマルサラ・ワインの原型となった。もうひとりの立て役者はマルサラ・ワインの製造法と流通ルートの確立のためにイギリスからマルサラにやってきたベンジャミン・インガム。彼は伝統的な甘口ワインの生産技術を学ばせるため同僚をポルトガルとスペインに派遣。その結果1806年には北米、ブラジル、オーストラリアでマルサラ・ワインの名が知られるようになるがヨーロッパ内ではまだ一部の国に輸出されはじめたばかりだった。マルサラ・ワインに本格的に取り組んだ最初のイタリア人はヴィンチェンツォ・フローリオ。19世紀に海運業やマグロ漁業で財をなし、船を使った機動力を活かしてマルサラ・ワインを世界中に広めるのに成功し、その息子イニャツィオ・ジュニアの時代には絶頂期に達し、人々は畏怖を込めてフローリオ家を「シチリア王」と呼ぶようになる。その後海運業は衰退の一途をたどりファミリーは斜陽の時期を迎えるがイニャツィオ・ジュニアの孫に当たるヴィンチェンツォは伝説の公道レース「タルガ・フローリオ」を開催し、その方面でも有名人となる。

マルサラの市街地を離れて海岸通りをゆくと、要塞のような壁に囲まれたフローリオの本社が見えてくる。このあたりの海はよほど栄養がいいいのか昆布が道路を覆い尽くすほど成長し「海藻注意」という道路標識まである。

一見強面のシチリア男、しかし話しはじめると徐々に味が出てくる案内役のブルーノ・パリージ氏が語る。

「99隻の艦隊を率いたフローリオは薬を売っていましたが、実は武器商人でもありました。その関係で1862年にガリバルディがイタリア統一のため千人隊を率いてマルサラに上陸した時にもフローリオは艦船を2隻提供、かわりにガリバルディ将軍からこちらのサーベルとライフルを頂戴したのです!!」との説明を聞きながらカンティーナの中をぐるりと見回すと古い看板や証文が並んでいる。現存する最古のマルサラ・ワインは1918年、残りは戦争中に破壊されてしまったそうだ。大別してマルサラには四種類あり菓子用のフィーネ、食前酒またはデザートワインとしてもよいスペリオーレ、食後酒に向いたリゼルヴァ、そしてイタリアでよくいう瞑想用、つまり食後にゆっくりと味わうタイプのヴェルジネがある。リゼルヴァはグリッロとカタラットかインツォーリアで作られ、ヴェルジネはグリッロ100%で作られる。マルサラ・ワイン独特のコクと風味は、カタラットやグリッロなどの白葡萄から作ったベースワインに葡萄から作ったアルコールかブランデーを加え、さらに濃縮モストやモストを煮詰めたモストコットを加えて作り出す。夏でも冬でも少し冷やして飲むのがよく、食前酒にも食後酒にもいいが、地元ではゴルゴンゾーラなど青かび系のチーズと混ぜるのが最も美味しい食べ方とされている。イギリス人がポルトとスティルトンを組み合わせて食べるのにヒントを得ていつの間にかマルサラにも広まったらしい。

まだ3月だというのにすでに日射しは強く、白壁の建物を見ているだけで頭がクラクラしてくる。テイスティング・ルームで冷たいマルサラ・ワインを飲み干し、嵐にもまれるウッドワースから華やかなりしヴィンチェンツォ・フローリオの時代へと思いを馳せる。シチリア王と呼ばれた彼も昔はこのワインを飲んでいたのか、などと考えているとブルーノ氏がにこにこしながらさらに一杯注いでくれた。ふと見ると彼もワインをぐびり、またぐびり、そしてもう一杯。マルサラ男の気風の良さはどうやら今も昔も変わらないようである。

Cantine Florio(カンティーネ・フローリオ)
Via Vincenzo Florio,1 Marsala(TP)
Tel0923-781111
www.cantineflorio.com
海の砂を敷き詰めた広大なカンティーナ訪問は月曜から金曜まで、要予約
試飲コーナーや直売所もある

Trattoria Garibaldi(トラットリア・ガリバルディ)
Piazza dell’Addolorata 35 Marsala (TP)
 Tel0923-953006
土曜、日曜休み 予算目安:1人22ユーロ
フローリオのブルーノ氏おすすめ。市街の入口ガリバルディ門のすぐそば

Targa Florio(タルガ・フローリオ)
復活した伝説の公道グランプリは毎年6月に行われ、
レース中は毎食美味しいシチリア料理を堪能。
表彰式&打ち上げディナーはワイナリー、ドゥカ・ディ・サラパルータで行われる。www.targaflorio.info