シチリア美食の王国へ28 絶滅の危機?カステルヴェトラーノの“黒いパン

古代ローマ時代にはその帝国の穀倉とまで言われたシチリア。小麦から作られるパスタは一説によるとシチリアが発祥らしいが、その真偽はさておき、シチリアで食べるパンはとても美味しいというのは紛れもない事実だと思う。イタリアのパンの種類は250とも300とも言われている。全国各地に御当地パンがあり、特に美味しいパンをつくるのでチッタ・ディ・パーネ(パンの街)と呼ばれるようなところも数多い。そんな街の中でも南イタリアで有名なのはプーリア州のアルタムーラとシチリアのカステルヴェトラーノである。アルタムーラのパンは限られた地域で栽培されたデュラム小麦を使う白いパンだが、カステルヴェトラーノのパンはデュラム小麦の全粒粉と、デュラム小麦の一種で古代種であるティミリア種(方言ではtummini’a)を用いた黒いパンだ。甘く香ばしく、風味豊かなパンなのだが、このティミリア種というのがもうあまり栽培されなくなっていたので、パンも必然的に絶滅寸前まで追いやられていた。それがスローフード協会のプレシディオ(食の砦)運動などのおかげで徐々に蘇りつつあるというのが現在の状況である。

シチリア三大神殿の一つ、セリヌンテはこのカステルヴェトラーノのすぐそば。セリヌンテ見学の折りにパンが好きな人はぜひ、このカステルヴェトラーノのパーネ・ネーロ(黒いパン)を探してみてはどうだろうか。私はトリノで行われたスローフード協会のイベント、サローネ・デル・グスト2002の機会にこのパンを食べ、その美味しさに魅了されたものだから、カステルヴェトラーノへ行くなら絶対にこのパンを探そう、と思っていた。しかし、実際に街ではなかなか見つからず、カステルヴェトラーノからセリヌンテへ向かう国道115号のバイパスで途中に見つけたパン屋に最後の望みをかけて訪ねてみた。そこはおよそパン屋らしからぬ、一見しただけでは何を売っているのかわからないような外観だが、人々はひっきりなしにやってくるという不思議なパン屋だった。店の人に「パーネ・ネーロはありますか?」と聞いたが、答えは「今はもうつくってない」。その理由は、あまり売れないからだという。周りにいたお客さんも「ほら、へんに甘いだろう?だから食事には合わないんだ」。そうか、どうして絶滅の危機に瀕しているのかがわかった。食生活の中で、なんとなくすたれていくのはあまり美味しくないもの、改善されていく食生活に合わなくなって行くものである。以前に、知人のカメラマンが言っていたことを思い出した。彼は雑誌などの取材でたびたび各地へ出掛けスローフード協会のプレシディオ指定食材の撮影をし、もちろんそれを味わってもみた。そして、協会が推進する消えゆく食材を守るという運動に反対するわけではないが、消えていくものが必ずしも全て美味しいものではないんじゃないか、スローフード=美味しいもの、という短絡的に飛びついてはいけないのじゃないか、と思うようになったという。美味しくないものが消えていいわけでもないし、伝統的なものが全て正しいという考え方も偏狭である。どうして消えていくのかと考えることが大切なんだ、ということがカステルヴェトラーノのパン探しで見つけた一つの答えだった。

セリヌンテそばのパン屋
Leonardo Ampola(レオナルド・アンポラ)
Contrada Mortilluzzi,204 Marina di Selinunte(TP)
Tel0924-46388

スローフード協会刊「L’Italia dei Presi’di」で紹介されているカステルヴェトラーノのパン屋(抜粋)
Tommaso Rizzo(トンマーゾ・リッツォ)
Via Garibaldi, 85 Castelvetrano(TP)
Tel0924-81088
rizzo.tommaso@libero.it

カステルヴェトラーノ市のウェブサイトからもパンについての情報が得られる。
www.comunedicastelvetrano.it