伝統を守り発展を目指すPremiate Trattorie Italiane

フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の社長、エウジェニオ・アルファンデリはいつも、「老舗はその地位に安穏としていてはいけない。歴史の重みを感じながらも常に変革していかなければすぐに廃れてしまう」と言う。およそ400年間、何度も存亡の危機に遭いながらも途切れることなく存在し続けてきた薬局が、1990年代初めにいよいよ本当につぶれるかもしれないという状態に陥ったとき、製造機器のメンテナンスを請け負ったことから関わりを持つようになったアルファンデリはその救済に乗り出した。自らが社長となり、製造ラインの改善と新製品投入を軸に、幽霊船のようだった老舗薬局に新しい息吹を吹き込んだ。カテリーナ・デ・メディチがフランスに輿入れしたときに携えたという香水を現在も製造しつつ、毎年新しい製品を打ち出し、歴史を感じさせるパッケージで伝統を尊重する姿勢を見せる。サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の舵取りとはつまり、過去から未来へと続く時間のなかで老舗と呼ばれる企業がどうバランスをとりながら歩いていくかという、綱渡り芸なのである。

アルファンデリは、伝統というものに縛られ、時代の波に押しつぶされそうになっている企業が、単独で生き抜いていくことは難しいと言う。しかし、個ではなく複数で協力しあえば、知恵も生まれ、ネットワークで救済と発展の道が開けるはずと、老舗企業の組合を立ち上げた。当初はフィレンツェの、やがてトスカーナ、そして今はイタリア全国に会員を持つ(といっても現段階で40企業だが)までになっている。業種はさまざま、ただし100年以上継続して事業を行っていることが参加条件である。基本的には互助会であるので、パブリックに働きかける活動はあまり行っていないが、大学でワークショップを開いたり、優れた卒業論文に賞を与えるなど、特に若い世代とのコネクション作りに積極的である。

こうした“伝統を守り生き残るための”ユニオン活動が料理の世界にもある。たとえば2012年に5つのトラットリアが集まって立ち上げたPremiate Trattorie Italiane。ガンベロ・ロッソのレストランガイドでトレ・ガンベリを獲得したトラットリアの有志が、協力しあってそれぞれの郷土の味を守ろうという目的から誕生した組合だ。5つのトラットリアは皆、家族経営で、地元の人々に支持され、土地伝来の食材を使った料理を提供している。そうした土地伝統の料理が多面的な“イタリア料理”なるものを構成しているのだから、その伝統を守り、必要とあれば改良し、未来へとつないでいくことがひいてはイタリア料理を守り発展させることにつながる、というのが組合の信条である。

5つのトラットリアはクレモナ県Isola DovareseのCaffe La Crepa、ボローニャ県SavignoのAmerigo 1934、ジェノヴァ県Ne in ValgravegliaのLa Brinca、トスコ・エミリアーノ地区Bagno di RomagnaのLocanda al Gambero Rosso、そしてゴリツィア県Savogna d’IsonzoのLokanda Devetak。そこにこのほどプーリア州AndriaのAntichi Saporiとミラノ郊外のAntica Trattoria del Galloが加わった。(残念ながら、Locanda al Gambero Rossoは料理人ジュリアーナの健康状態が思わしくなく今夏での閉店が決まり、この組合からも去ることとなった。)ユニオン名のPremiate(賞を与えられた)というのは、実際に某かの賞をもらったからというわけではなく、現在まで年月を重ねることができ、お客に支えられてきたという、言うなれば時や人々から賞を与えられたという意味である。活動としては不定期に全員で集まり、それぞれが一つの料理を提供して一つのコースメニューを構成するというイベントを行っている。それぞれの店には共通のパンフレットを備え、伝統料理の本やその土地の食材を買える店も紹介している。イベントに参加できなくても、店に赴くことで彼らの活動ぶりや、イタリア人得意のsolidalieta’(団結)を垣間みることができるかもしれない。こうして、まずは知ることに始まり、理解し、自分に何ができるか考える。それが、シンプルだが一番強く、効果的なのではないだろうか。