イタリアの市場を食べ歩く00はじめに(無料配信)

前作「シチリア美食の王国へ」の取材中には、買い食いしたり立ち飲みしたりしつつシチリア中の市場を隅から隅までくまなく歩き回り、その都度珍奇な食材との出会い、美味なる未知の料理との邂逅を繰り返しては、その豊饒ぶりに驚かされたものだった。「市場に美味いものあり」世界中のあらゆる都市に共通しているこの定説をあらためて実感したのはカターニアのペスケリア市場で、それこそありとあらゆる食材や調味料、加工品で広場は満艦飾。その一隅にあるトラットリアでは厨房が市場に直結し、新鮮な素材を最大限活かした即興料理でシチリアの山海の恵みを存分に堪能するすることができた。

素材の旬を重用視し、シンプルな調理法を旨とするイタリア料理界において、「ヌオーヴァ・クチーナ」、「クチーナ・リヴィジタータ」と10年おきに大きな流れが登場したが、現在は再びシンプルな原点に帰った「クチーナ・エスプレッサ」いわば調理時間を極力短くする調理法「特急料理」を標榜する店が増えている。それは銀のカトラリーを使うリストランテでも、紙のランチョンマットを使うオステリアでも同様、現代人のニーズにあった当たり前のことなのだが、我々が興味あるのは当然後者、いわゆる街角の「食堂」である。

イタリアの場合、幸いなことに郷土色が実に豊か、ひいては郷土料理も実にバラエティに富んでいるので旅するごとに常に新しい発見がある。それならば、とイタリア東西南北、都会から港町まで、山間部から南の島まであらゆる市場を歩き回り、市場直結のシンプルな食堂を覗いては地方の味を存分に堪能してみよう、とそれまで漠然と考えていたことがいつしか徐々に頭の中で像を結ぶようになった。それがそのまま本書「イタリアの市場を食べ歩く」のシンプルかつ唯一無二の基本路線である。とはいっても例によって足のむくまま気のむくまま市場を当ても無く彷徨し、人に聞いたり、目に留まった店で食事するだけの旅だから全くの無手勝流である。地元で有名な店も登場するが、リストランテの類いは皆無、メニューの無い店、電話のない店も頻繁に出てくる。カテゴリーとしては大半が「食堂」だが、それだけに旅行者でない市井の人々が普段口にする食事、ソウルフードを口にすることでイタリアの地方性がより明確に見えてくるのでは、そう考えつつ16都市の市場を旅した。

なんといってもイタリアの市場には新鮮な野菜も色鮮やかな果物も、旬のポルチーニも、あらゆる食肉もワインもオイルもなんでもある。そうしたイタリアの大地が生み出す山海の幸を見て回れば、当然「ああ、こんな新鮮な素材を使った料理食べてみたいなぁ」と思うのは当然のこと。「市場でも見てみるか」ではなく「市場に美味しいものを食べに行こう」そう考えるようになったらイタリアを旅するのはますます楽しくなる。

さて、能書きはこれくらいにして早速イタリアの市場を巡る冒険へと出かけることにしよう。それはまさに冒険、と呼ぶにふさわしい。なんといっても未知の驚きが待ち受けている不思議なワンダーランドへの旅なのだから。

2004年7月 池田匡克

電子書籍版はじめに

2004年9月に出版された「イタリアの市場を食べ歩く」は電子書籍化するにあたり株式会社東京書籍より株式会社オフィス・ロトンダに権利を委譲された。この場を借りて厚く御礼申し上げたい。発売以来早十年の歳月が流れ、古くなったデータや閉店した店も出始めている。本電子書籍ではオリジナルを尊重して店データや値段などの記述は発売時そのままのデータを残してあるが、栄枯盛衰は世の常、人の常。やむなく休業、閉店したホテル、レストランなどもすでにあるため、訪問する際は事前に確認いただければ確実に旅は楽しくなる。石橋を何度もたたいてから渡るのはイタリア旅行の金科玉条なのである。紙版同様イタリアの市場へと心を飛ばしながら最後までお読みいただければ著者としてはこの上ない幸せである。

2013年9月 池田匡克、池田愛美