イタリア縦断鉄道の旅09 エウロスターAVでナポリに向う

 

フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅を6時40分に出発したエウロスターES9421、ETR500は定刻通りの8時30分、ローマ・テルミニ駅に着いた。駅のホームは乗降客が慌ただしく行き交う、活気あふれる時間帯である。

南イタリアへの旅の玄関口となるのはテルミニ駅だ。2000年の聖年を期に生まれ変わり、昔のどこか危険でヨーロッパ社会の果ての果て、といった雰囲気は今やすっかり姿を消し、カフェやブティック、レストランが所狭しと並ぶ一大複合ターミナルへと姿を変えた。

これから向うナポリ方面はもちろん、フィウミチーノことレオナルド・ダ・ヴィンチ空港へは特別急行レオナルド・エクスプレスが。アドリア海方面へ向う路線では現行の主力ETR500系、1993年デビューのETR460、480系よりさらに古い1987年デビューの初代ペンドリーノETR450系が未だ現役で走っている。時折そうしたエウロスター3世代がホームに並んでいるのを見ると時の流れを感じるというか、古いものを直して使うイタリア人の精神が間近に見えて感心せずにはいられない。第4世代エウロスターのETR600系のデビューも間近なのだから、考えてみればじいちゃんからひまごまでが同じ会社で働いているようなものである。そのうち4世代のエウロスターがホームにずらりと並ぶ、なんて光景に出会う機会もあるのかもしれない。

9時25分発のナポリ行エウロスターAV、ES9605に乗り換える。これは2005年にデビューしたETR500の最終形で、緑、白、赤のイタリアン・カラーからグレーとシルバーを基調としたシャープなカラーリングでボディに流線型の「AV」の文字が輝く。とはいえこれはAudio & Visualという意味ではなくAlta Velocitaつまり「高速」という意味。従来のエウロスター専用線をさらに改良したローマ〜ナポリ間の高速新線開通を記念にデビューした。

ローマ市内を抜けて緑の大地にさしかかること列車はさらに加速し始め、9時50分には「みなさま、本車両はただいま時速300キロを越えました」とのアナウンス。車内から「おお」という驚嘆の声が上がり、ローマ〜ナポリ間214キロを1時間27分で走り去る。車窓に見える羊も水牛もあっという間に後方へ消えさってゆく

ナポリ着は定刻よりも10分早い10時42分。ESを乗り継ぎフィレンツェから1等車使用で合計90ユーロ。イタリアでは遅れも多いが、到着が早まることもままある。駅で待っててくれたのはいつものひげの運転手パスクアーレ。身長は私の肩ぐらいまでしかないが、よく気が利く信頼できるドライバー。責任感強く、運転は確実、しかし時には一通逆走も辞さないというナポリ式運転を知り尽くした男である。

ホテルに行く途中、スパッカナポリの入り口にあるダ・ミケーレDa Michele Via Cesare Sersale,1-3 NAPOLI tel081-5539204によって遅い朝飯代わりにピッツァを食べていくことにする。ここは1870年創業の老舗ピッツェリア。朝早くから店を開けていて、仕事前にここでピッツァ一枚食べて出かける男もいる。メニューはマルゲリータとマリナーラのみ。さらにオプションとしてマルゲリータは大とモッツァレッラW。マリナーラは大と特大があるのみ。まだ昼前でまばらな店内で窯のすぐそばに座り、マルゲリータを注文。

薪窯の温度は500度といわれ、ピッツァは1分半程度で焼き上がる。果たして運ばれた来たマルゲリータはコルチョーネといわれる耳の部分が厚く盛り上がる、手で成形したナポリ式。手で千切ると指がぬるぬるになるほど生地にはオイルが含まれているし、独特の弾力は高反発なグルテンが生み出す。焼き加減もトマトスースもモッツァレッラももちろん重要だが、オイルと塩と粉選び、そして練り方にこそ、時折無性に食べたくなるダ・ミケーレ熟練の技がある。

5分で食べ終わって席を立つと担当のピッツァイウォーロがレジまで着いて来てくれるのもこの店のスタイル。マルゲリータ3.50ユーロ、ビール1.5ユーロの計5ユーロ。サービス料として1ユーロを担当のピッツァイウォーロに渡す。

車に戻るとパスクアーレが「もう食べたのか?」と驚いていた。ちなみに彼はダ・ミケーレの近所にあるトリアノンTrianon(Via P.Colletta,42/46 NAPOLI tel081-5539426)がひいきだそうな。

サンタ・ルチアにあるホテル・ミラマーレHotel Miramare(www.hotelmiramare.com)に着くと、普通のダブルのシングル・ユースを頼んだはずが、なぜかゴージャスなオーシャンビューのテラス付きだった。フロントで聞いてみると3回目の滞在なのでアップグレードしてくれたとのことだった。こういうさりげないサービスはとても嬉しい。

ムニチピオ広場前で走り始めた観光プルマンを止めて、飛び乗ると乗客は一人だけで貸し切り状態。例の2階建ての赤いバスである。日本の団体旅行などでバスから下りずにナポリ見学することをサファリツアーというらしいが、オープンデッキの2階席に1人で寛いでいると、特大ストレッチ・リムジンのようで快適。しかも3路線乗り放題で1日20ユーロとは安い。

街行く人も振り返るド派手な赤いバスはひやっとするような細い路地を抜け、ジェズー広場、ダンテ広場、サニタ地区、カポ・ディ・モンテと来て折り返し。カプアナ門からスパッカナポリを横切り、いつの間にやらまたしてもダ・ミケーレの前を通って再びムニチピオ広場に戻って来た。この間90分。

「今度はポジッリポ方面に行くけどこのまま乗ってく?」と聞いて来たのは、いつしか仲良くなったバスガイドの眼鏡美女ヴァレンティーナ。10分の休憩をはさんでこのままA線からB線になるという。

やがてプルマンは今度はリヴィエラ・ディ・キアイアからメルジェッリーナを越え、高級別荘地のある高台ポジッリポへ向う。このあたりからの眺めは、絵画に描かれ続けて来たナポリ湾とヴェスヴィオ山の眺望が望める、ビューポイントである。

夜は卵城にあるズィー・テレーザZi’ Teresa(www.ziteresa.com)に行く。ナポリ風フリットとモッツァレッラをつまみ、マストロベラルディーノのフィアーノを飲む。次いであらわれたスパゲッティ・ヴォンゴレはやや太めのスパゲットーニの固ゆで麺バリ。アサリの出汁とニンニリ、プレッツェーモロ、ポモドリーニで作ったソースはオリーヴオイルを加えることで完全に乳化し、麺と一体化する。「真似しろ」といわれてもそう簡単には真似できない、ナポリの味。