イタリア縦断鉄道の旅14 トスカーナの秘境ガルファニャーナへ 

 

とある日曜の朝、6時57分発レジョナーレでティレニア海に面した港町リヴォルノに向かう。6.10ユーロ。というのもこの日はルッカ県カステルヌォーヴォ・ディ・ガルファニャーナ市スローフード協会が主催するイベント「トレーノ・ディ・サポーリ」通称「美味しんぼ列車」がここリヴォルノから出発するのである。

この「トレーノ・ディ・サポーリ」は数年前から不定期で行われているが地元生産者、スローフード協会、トレニタリア、旅行代理店などが協力して地元の味を知ってもらおうとはじめたイベントで、2001年にはじめて参加した時は停車駅ごとにありとあらゆる料理とワインが出てきて丸一日食べっぱなし。「美味しんぼ列車」というよりは「食い倒れ列車」だった。その時できた知り合いたちがことあるごとにガルファニャーナに誘ってくれ、この日も招待してくれたのだ。

8時24分リヴォルノ中央駅着。掲示板を見ると1番線9時発ガルファニャーナ行きとある。さてはこれだな、と地下通路を下りて1番線に出ると、そこにはもうもうと黒煙を吐く蒸気機関車が待っていた。

イタリアでは近年蒸気機関車で田舎を巡るイベントが大流行りである。シエナの南を走る「トレーノ・ナトゥーラTreno Natura」や北イタリアのイセオ湖周辺を走る「トレーノ・ブルーTreno Blu(ともにwww.ferrovieturistiche.it)」など地元有志やFSの現役、OBがボランティアで運営している。しかも新酒やトリュフ、絞り立ての新オイルなど毎回必ず季節のテーマがあるのだからたまらない。

蒸気機関車の登場に駅は色めきだち、親子連れはもちろんのことポリフェルことポリツィア・ディ・フェッロヴィア、つまり鉄道警察官まで機関車の前で携帯で記念撮影していた。

この日の客車は1920年代のヴィンテージ車両。ホームで受付をしていた女の子3人組に名前を告げると「あ、あなたがイケダね。どこでも空いてるとこに座っていいわよ」といわれ、早速乗り込む。木のベンチシートで足下にはストーブという懐かしい車両に座り、リヴォルノから来たご婦人と相席する。定刻通り9時出発。途中ピサ中央駅とルッカ駅で停車、その都度参加者を乗せていつの間にか狭い車内は満席状態。まだ朝もや残るルッカ郊外に黒煙あげたSLが現れると犬は驚いて吠え、農家のおじさんは腰をあげて手を振る。子供たちは自転車で追いかけてくる。橋の上では鉄道マニアがカメラを構えて待ち受けている。のどかなトスカーナの日曜日。

11時カステッロヌオーヴォ・ディ・ガルファニャーナ駅着。出迎えは地元のマーチングバンド。「まるでVIP待遇だ」と相席のイタリア人がつぶやく。駅で待っていたのは地元スローフード協会のメンバーたち。

「おお、待ってたぜ」と出迎えてくれたのは地元の居酒屋「ヴェッキオ・ムリーノ」の店主である巨漢のアンドレア・ベルトゥッチ。ガルファニャーナに来るたび彼の店には必ず立ち寄り地元のサラミやチーズ、その他珍品奇品を食べることにしているのだ。ほらよ、と渡してくれたのは首から下げるホルダーつきワイングラス。「町へ行く道は分かるかしら?」と気を使ってくれたのはさきほどの3人組。ガルファニャーナの中心部へはここから徒歩約10分、田舎道を歩いてゆくのだ。

古い石橋を渡るとガルファニャーナの旧市街に出るが、広場には日用品を売る市が立ち大にぎわい。この日ガルファニャーナでは名物の栗の祭りが行われていた。

地理的にトスカーナ、エミリア・ロマーニャ、リグーリア三州の州境に近いガルファニャーナは食材の宝庫として名高い。ビロルドというサラミ、栗、スペルト小麦、古代品種のトウモロコシ、ジャガイモなどなどそのクオリティの高さでイタリア全土にその名を馳せている。

車内でもらった地図を見ながら順番に出店を回っていくことにする。各コーナーでチケットと引き換えに料理や飲み物がもらえる学園祭のようなシステム。まずはヴァン・ブリュレを一杯。オレンジやシナモン、蜂蜜が入った香り高いホット・ワインはいきなり体を温めてくれる。ついで各種サラミ盛り合わせ、さらに栗の粉を使ったタルト、ビスコッティ、同じくルッカ名物の栗の粉のお焼き「ネッチ」と「カスタニャッチョ」。やはり栗の粉を練ってかりっと揚げ、リコッタチーズとともに食べる「フリッテッレ」はさっくりしてとてもよかった。さらにチーズをもらい、赤ワインをもらう。食事の順番としては無茶苦茶だがとにかく端から攻めてゆく。またしても出会った女の子3人組は何も食べてないので、聞くと「あたしたち昔風の栗のドルチェは嫌いなの」とのこと。ガルファニャーナの若者は温故知新の精神が足りなくていかん。

つまみ歩きに疲れたのでアンドレアの店に行くと日曜の昼下がりでテーブル席は満員。カウンターで赤ワインを一杯注いでもらい、地元のチーズとプロシュートをつまんで早々に立ち去る。

駅に着くとまたしても3人組が先回りしていて、帰りのSLには乗らず一本早い電車で帰る人たちにおみやげを渡している。中をのぞいてみると栗の粉とスペルト小麦が入っていた。

フィレンツェからガルファニャーナへ向かう際、必ず乗り換えるのがルッカ。素通りするにはあまりに惜しい町なので行きか帰りに立ち寄るか、もしくはあらためて時間を作って出直したい。フィレンツェからはレジョナーレで約1時間30分。4.80ユーロ。

ルッカは中世の城壁が完璧に残っている城塞都市で、それを体感するにはバスよりも鉄道でアクセスするのがいい。駅から最寄りの出入り口サン・コロンバーノ堡塁へ向かうと、いきなりぐるぐると城壁の中を歩かされ、突然城壁上の遊歩道に出る。正面にはドゥオモ。外界との境界線を越えるセレモニーは中世の都市へと歩き出す興奮をいやがおうにも高めてくれる。。朝日を浴びて輝く街並を眺め、記憶に従って町を歩く。ルッカは作曲家プッチーニの生まれた町であり、夏には近郊の湖畔でプッチーニ音楽祭が行われる。

サン・ミケーレ・イン・フォロ教会、サン・フレディアーノ教会、アンフィテアトロと歩き、グイニージの塔にのぼる。14世紀に建てられたこの塔は最上部にトキワガシが茂る一風変わった塔。イタリアのあらゆる町で塔があれば必ず上るようにしているが、息を切らして上り終えるとこの塔からの眺めも絶景だった。ルッカの城壁内にある全てのモニュメントと、ガルファニャーナの山並みが見渡せる。その昔はこの城壁こそが世界の終わりだったのである。

駅へ向かう途中細い路地を通り過ぎると、ヴァイオリンの調べが聞こえてきた。ふと見上げるとルイジ・ボッケリーニ音楽院とある。ルッカ生まれの18世紀の音楽家の名を冠したコンセルバトーリオ。ルッカはボッケリーニやプッチーニといった先達たちの系譜を受け継ぐ音楽家を育てる町でもある。