イタリアの老舗料理店14 オステリア・ディ・ルッビアーラ創業1862年

エミリア・ロマーニャ州のモデナとえいば豊かな食材に恵まれた食の街。そしてヴェルギリウスやアピシウスの作品にも登場するほど古い歴史を持つ酢「アチェート・バルサミコ」の街としても有名である。そのアチェート・バルサミコの作り方だが、まず原料となるぶどう汁を大鍋にかけて半分になるまで煮詰める。これが「モスト・コット」と呼ばれる状態。今度はそのモスト・コットを大樽から中樽、中樽から小樽へと数年ごとに小さな樽に移し替えつつゆっくりと熟成させる。そして、大樽には中樽に移し替えた分だけ新しいモスト・コットを加える。これが伝統的なアチェート・バルサミコ、正確にいうとアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ・ディ・モデナの作り方である。新しいモスト・コットを足すが故に正確に「何年もの」といえないのがアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ・ディ・モデナの特徴である。

モデナ市街から車で約二十分、田園に囲まれた小村ルッビアーラにアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ・ディ・モデナを作り続けるペドローニ家が営む「オステリア・ルッビアーラ」がある。創業一八六二年。それと知らなければ通り過ぎてしまいそうな街道沿いの民家だが入り口にはたくさんの看板がぶら下がり、モデナ弁で何やら書いてある。オーナーのイタロ・ペドローニに手伝ってもらって読んでみる。

「この店で食べられるのはその日あるものである」

「このポストは我が家の郵便受けであり、郵便ポストではありません」

「ワイン、アチェート、ノチーノご所望の方は呼び鈴を。さもなければ電話を」

「女性は店に入れるのになんで僕らは入れないの?」(犬と猫の会話)

これら全てがイタロの創作。恐ろしいユーモア感覚の持ち主である。

イタロの曾祖父ジュゼッペ・ペドローニはトレント出身の貴族の末裔。富くじにあたるという幸運をもとにルッビアーラに十五世紀に作られた田舎家を購入する。かつては修道院であったこの地でジェゼッペは街道を行き交う旅人や御者へ食事を出すオステリアとして営業を開始。やがてその息子クラウディオが跡を継ぎ、さらにその息子チェーザレが第一次世界大戦から戻ってくるとトレッビアーノ種を使ってアチェート・バルサミコを作り始める。その息子イタロの代になるとモデナ有数のアチェート・バルサミコの作り手として多くのコンクールで数々の賞を受賞。モデナでも数少ないアチェート・バルサミコのマスター・テイスター、「マエストロ・アッサッジャトーレ」の資格を持つアチェート・バルサミコの達人であり、現在はその息子で五代目にあたるジュゼッペが同様に「マエストロ・アッサッジャトーレ」の資格を取得。アチェート・バルサミコ作りを引き継いでいる。

玄関をくぐるとまずバール兼アチェート・バルサミコ販売所があり、食卓に着くにはその先にある木の棚に携帯電話を預けなくてはいけない。というと、やけに頑固な店主を想像してしまうが、実際はユーモアたっぷりのきさくな御仁である。店は3部屋からなるが、最も落ち着くのが暖炉のある奥の部屋。大きな古い木のテーブルが置いてあり、地元客とともに席に着く。入り口に書かれているように、この店にはメニューがなくその日の料理をイタロの勧めに従って食べることになるが、彼の指示に従えば素朴で滋味深いモデナの農家料理が味わえる。

「パスタ食べるか」と聞かれたので「はい」とだけ答えると、やがて持ってきてくれたのがモデナの伝統的詰め物パスタ、トルテッリーニ・イン・ブロード。モルタデッラや様々な挽肉が詰め込まれたパスタはイタロの妻フランカが毎日手作りし、あっさりとしたスープは庭で放し飼いになっている去勢雄鶏を煮込んで作る。自給自足の食卓にしてシンプルかつ美味。恵まれた農家の食卓そのものである。続いて持ってきてくれたのが「フリッタータ・アッル・アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ」この料理では「トラディツィオナーレ」を強調しなければいけない。生みたての新鮮な卵をタマネギとニンニクとともにたっぷりのオイルで揚げるようにふんわりと焼き、仕上げに二代目「クラウディオ」の名が付けられた甘い芳香を放つ二十五年もののアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレを垂らして熱々のうちに食べる。一口食べてがくぜんとなる驚愕の卵料理である。

アチェート・バルサミコが湯気とともに立ち上り、二十五年の眠りから覚めてなんともいえない香りが部屋中に満ち渡る。隣の客もその隣の客もついついフリッタータを横目で追い、イタロは「ふふふ」と不適にうなずく。ワインは自家製の発泡性赤ワイン「ランブルスコ」。フリッタータとの相性の良さは折り紙付きである。次いで鶏肉をランブルスコで煮込んだ「ポッロ・アル・ランブルスコ」をランブルスコを飲みながら。さらに兎をアチェート・バルサミコで煮込んだ「エステ家風コニッリオ・アッル・アチェート・バルサミコ」。これは付け合わせのジャガイモにその肉汁をかけて食べるのだが、アチェート・バルサミコの作り手であるペドローニ家の厨房に代々伝わってきた伝統が持つ力強く、なんともいえない古風な味わい。さらにトルタなど自家製ドルチェ盛り合わせとともに、自家製リキュールがサービスでどかどか出てくる。受賞歴多数の胡桃のリキュール「ノチーノ」の他にレモン、オレンジ、みかん、さくらんぼ、ねずの実などのリキュールがずらりと並ぶ姿は壮観。地元客はこれらをエスプレッソとともに一杯ぐびりとやって席を立つ。これがモデナの田園での日常的な昼食風景なのである。

帰り際にジュゼッペが家宝のアチェート・バルサミコが眠る「アチェタイア」を案内してくれたが、そこには彼の祖父チェーザレの代のアチェート・バルサミコも眠っていた。「アチェート・バルサミコの作り手に取って、古いアチェートが何よりの宝。つまり歴史が全てであり、古い家こそがいい作り手ということになる」香ばしい香り漂うアチェタイアはペドローニ家の歴史そのものであり、家族代々受け継がれてきた時間の重みを感じさせてくれる。それはアチェート・バルサミコ作りを代々受け継いできた、モデナの旧家のみが持つ老舗の力なのである。

オステリア・ディ・ルッビアーラOsteria di Rubbiara(モデナ)
Via Risaia,2 Nonantola(MODENA) 
12:00〜14:15、20:00〜22:30
火曜休 金曜、土曜以外は夜のみの営業