ローマ下町料理を紐解く その7 Pasta alla checca

アッラ・ケッカといえば、生のトマトを加熱せずに使うことを指す。パスタはもちろん、仔牛のコトレッタの上に刻んだトマトを載せたものもアッラ・ケッカと呼ぶことがある。パスタの場合、トマトとほかの材料をインサラティエラ(サラダボウル)のなかで混ぜるだけなのだが、トマト以外に何を使うかは割と自由である。ただし、主役はあくまでもトマト、ダブル主演はないのが基本だ。

Livio Jannattoniの『La Cucina Romana e del Lazio』での作り方は、サラダ用のトマト(完熟ではなく、緑がところどころ残っているくらい)をざく切りし、そこに塩、胡椒、EVオリーブオイル、ケイパー、オリーブ、フェンネルシード、刻んだイタリアンパセリ、バジリコの葉を加え混ぜてしばらく置いたところへ、ゆでたスパゲッティを加える、というもの。Roberta e Rosa D’Anconaの『La Cucina Romana』でも、緑が残っているトマトと、限定している。パスタのトマトといえば完熟という図式はアッラ・ケッカには当てはまらないようだ。ネット上ではアッラ・ケッカの材料としてチーズ(リコッタやペコリーノ)を加えているレシピも見かける。モッツァレッラと生のトマト、バジリコを合わせるクルダイオーラとほとんど変わらないというか、混同しているのかもしれない。いずれにしても、Jannattoniによれば、冷たいもの(トマト)と熱いもの(パスタ)を合わせる組み合わせは比較的新しく、スパゲッティ・アッラ・ケッカは1970年代にOsteria dell’Antiquarioで始まったという。今もこの店はあるが、オーナーが替わって魚料理の高級リストランテとなっている。

 

ところで、ケッカという言葉を調べていると、もう一つ別の意味に行き当たる。ホモセクシュアルの男性を揶揄する呼び方でもあるのだ。ケッカは、ローマではフランチェスカという名前の愛称として昔から使われるが、その一方で、女性っぽい気持ちの悪い存在を指し、からかいの意味が込められている。

なぜケッカがそのような使われ方をされるようになったのかは諸説あるが、一つは、まだ冷蔵庫が普及する以前に、食べ物を保存するために使われていた氷を運ぶ男性の姿が妙に女性っぽく見えたことに由来するとする説。重たい氷を運ぶのに小さな歩幅で歩く姿がまるでスカートをはいて小股で歩いているかのようで、そして、その氷の塊をローマ下町ではケッカと呼ぶことから、女っぽい男性をそう呼ぶようになったらしい。またもう一つの説としては、下町のトラステヴェレ地区でグラニータを売る男性が妙に女性っぽく、その人の名がフランチェスコ、愛称ケッコで、その女性形ケッカがホモセクシュアルで女性っぽい男性を総称するようになったとか。

ともかく、ケッカという言葉には、ローマ訛りで氷という意味があるところから、夏の爽やかな(冷たいとまではいかないが)パスタにつながっていったのではないだろうか。