トップシェフたちがフードロスに挑む「Il Pane e Oro パンは金なり」

11月の発売以来、イタリアのアマゾンで料理本部門トップを走り続ける話題の書が「Il Pane e Oro パンは金なり」。これは2016年度世界ベストレストラン50世界一に輝いた「オステリア・フランチェスカーナ」シェフ、マッシモ・ボットゥーラが2015年ミラノ万博を期に開始した活動「レフェットリオ」の記録をレシピ集にまとめたものだ。

いままだ記憶に新しいミラノ万博のテーマは「フードロス」だったが、「レフェットリオ」とはフードロスと貧困を同時に解決すべく取り組むプロジェクトで、カトリック教会からは施設を、市内のスーパーマーケットからは賞味期限切れ直前の廃棄対象食材を提供してもらい、ボットゥーラが招聘した世界のトップシェフたちが恵まれない人々のために無償で料理を作るチャリティ活動。ゆえに著者名は懐かしのチャリティ音楽ユニットを彷彿とさせる「マッシモ・ボットゥーラとフレンズ」となっている。その後「レフェットリオ」は世界中に広まり、現在はリオ・デ・ジャネイロ、ロンドン、パリでも開設され2020年オリンピックを期に東京にも誕生するという話もある。

本書に登場する「フレンズ」たちは、 ボットゥーラ自らが電話して呼びかけた世界のトップシェフばかり。フェラン・アドリア(元エル・ブリ)、アラン・デュカス(アラン・デュカス、ルイ・キャーンズ、ブノワ)、レネ・レゼピ(ノーマ)、成澤由浩(ナリサワ)、カルロ・クラッコ(クラッコ)、マウロ・コラグレコ(ミラズール)など錚々たるメンバーが、ごく普通のありふれた食材を使ってどんな料理に仕上げるのか?という問いはアンチ・ガストロノミーの見本ともいうべきで、イタリア料理の原点「クチーナ・ポーヴェラ(質素な料理)」に立ち返ったものだ。本書にはキャビア、フォワグラ、オマール海老といった高級食材は一切登場せず、主役となるのは固くなったパンやチーズの切れ端だ。

例えばボットゥーラのレシピ「フジッリ・アル・ペスト・ディ・トゥット」は、バジリコや松の実を使ったジェノヴァの伝統的なソース、ペスト・ジェノヴェーゼの代わりに手に入るあらゆる食材を使って仕上げた料理である。バジリコだけでは足りないのでタイムやセージを加え、松の実は高価なので固くなったパンで代用してオリジナルのペストにした。その結果はボットゥーラいわく「ペスト・ジェノヴェーゼを超える味」となり「オステリア・フランチェスカーナ」のまかないでは現在このパスタが日々食べられているとのことである。

パンは西洋における食の象徴である一方、安価な日常的食材の代表例でもある。イタリアのレストランではコペルト(席料)として必ずパンが出て来るが、日常的に廃棄されるパンの量が社会問題となっている。なぜなら保健衛生上一度客に提供したパンは例え残っても廃棄しないといけないからだ。これをふせぐため、レストランでは面倒でも「パンはいりますか?」と最初に客にたずねる習慣が生まれつつある。ゆえにたとえ固くなったパンでも捨てずに再利用する姿勢は、人々に食事を提供する職業に従事する料理人は、全員が見習わなければいけない基本姿勢なのである。以前ミラノでインタビューした際ボットゥーラは「若い料理人たちは、フェランやデュカスら『レフェットリオ』にやってくる偉大なシェフの指揮下に入り、食材を扱うとはどういうことかをあらためて学んで欲しい」と語っていた。フードロスと貧困に取り組むだけでなく、料理人たちの意識の向上にも「レフェットリオ」は重要な活動なのだ。本書に登場するシェフは65組でレシピは合計150種。また、この「Il Pane e Oro パンは金なり」は本自体も再生紙を使用したローコストな作りになっており、売上は世界中の「レフェットリオ」の活動資金にあてられている。

「Il Pane e Oro パンは金なり」Phaidon刊 オールカラー424P ハードカバー イタリア語